いい話
小学生の時縁日で買ったカラーひよこがすくすく成長して立派な雄鶏になったが、団地飼いで迷惑になるのでじっちゃんの家に引き取ってもらった → 8年後、じっちゃんの家に行くと…
小学生の時縁日で買ったカラーひよこ。
皆から次の日にタヒんじゃうと思われてたけど、すくすく成長して立派な雄鳥に。
団地で飼っていたため迷惑になり田舎のじっちゃの家に引き取ってもらった。
年に数日しか遊びに行けないけど必ず覚えてて自分にしか懐かない様子に周囲もびっくりするくらいだったんだけど
8年くらい経ったある日、たまたま急にじっちゃの家に1泊する用事があった。
もうよぼよぼで立ち上がることも出来ないほど弱ってたんだけど、自分が見に来たらすり寄ってきた。
帰宅した次の日の早朝、じっちゃから「今朝がたタヒんでたぞ、最後に会いたくて昨日までがんばってたんだな」
と電話があり号泣した。
ちなみにその雄鳥は鶏肉大好き卵もよく食べてたよ~
嫁に告白の返事を貰って、俺がプロポーズした店に家族で行ってきた。娘(4)「○○はしあわせでした!」嫁「お母さんのほうが幸せだよ」一番幸せなのは俺だっつーの。アホども。
俺が高校出て就職して2年目、新卒の女の子が入ってきた。
俺より上は男しかいないようなむさ苦しい職場だったが、
俺以外の同期も後輩数名もみんな女の子で、一気に会社が華やかになった。
研修期間が終わり、秋。一人の女の子がうちの部署に配属となった。
横顔がタヌキみたいに見えた。なんかいつもピョンピョコフワフワしてた。
滑り具合に定評のある俺のギャグにも、顔をクシャクシャにして笑ってた。
めちゃくちゃ幸せそうに笑うもんだから、一発でその笑顔の虜になった。
その年の暮れの忘年会、偶然席が隣になったので、ここぞとばかりに沢山話した。
もうすぐ来るクリスマスがちょうど誕生日だと言うので、翌日プレゼントを買いに走った。
似合いそうな可愛いヘアピンを買った。クリスマスの日も仕事だったが、
渡すタイミングを伺ってたら、一日が終わってしまった。
結局渡せたのは年が明けてからだった。苦笑いと嬉しさが混ざったように「ありがとうございます」
と言ってくれた。翌日からずっとそのヘアピンをしてた。知ってる限りは毎日ずっと。
次の春、連休に食事に誘った。
「男性と二人で食事にいったことなんかなくて、緊張します」と断られた。
絶望したね、1ヶ月くらいハイパーブルーだった。
その年の夏、女の子は泣きそうになりながら、というか泣いてた。俺に話しかけてきた。
「もらったヘアピンを壊してしまいました」ものすごく落ち込んでた。
何を言おうか混乱して、おもわず告白してしまった。
恥ずかしいから内容は伏せるが、女の子は驚いた顔を見せて走って逃げた。
パワハラ兼セクハラをかましてしまったと思い、またハイパーブルーになった。
商店街に店を構えているんだが、小学生グループが目につくようになり、そのグループの中の一人がみんなのランドセルを持たせれていた → しかしある出来事がきっかけで状況が変わる…
商店街に店を構えているんだが、そこを通学路として使う子供達も多い。
ある時から4人グループの下校の小学生が目につくようになった。
いつも決まってその中の一人(以下、A)がみんなのランドセルを持たされている。
他の友達より10メートル程遅れて半泣き、時には泣きながら。
隣が酒屋兼、駄菓子屋なので、子供達は必ずそこの前で足を止め、Aがやっと追い付く感じ。
毎日そんな感じで、下校時刻になると俺も外を気にして見ていた。
こういうのって俺が何かを言っていいものか、学校に言うべきなのか・・・とか考えたが何もしないまま過ぎた。
ある日、隣の店の前でAがランドセルを落としたらしく、他の子に責められていた。
Aは泣きながら反論をしていたが、その内に誰かがAを小突いて喧嘩になった。
喧嘩と言っても子供の喧嘩だからたかが知れてるが、取っ組み合いでAは押し負けていなかった。
次の日は子供達を見かけなかったが、その次の日に一人で帰るAの姿を見た。
少し遅れて3人組が楽しそうに歩いており、Aは駄菓子屋を素通りして帰っていったが
3人組はいつも通り駄菓子屋の前でお喋りしていた。
それが数日続いたある日の下校時刻、外から大きな声で「23、24、25、26、・・・」という掛け声が聞こえてきた。
Aを含むいつものメンバーの声だった。
その様子を見ていると、Aではない他の子がみんなのランドセル(Aのも含む)を持っており、みんなは周りで「50」までカウントしている。
50になるとみんなでまたジャンケンをし、負けた人が持つようだ。
次のジャンケンでAが負けてしまい、Aがみんなのランドセルを持ち俺が見慣れたいつもと同じAの姿に。
ただ一つ違っていたのは、Aと肩を並べてカウントしながら歩く友達の姿と
なによりもAが笑いながら「重たい~w重たい~w」とみんなで楽しそうにしている姿だった。
それからしばらくしてその遊びは無くなり、みんなでいつも楽しそうに店の前を通り過ぎていく。
【父親の存在】今付き合ってるバツイチの女25歳の子供1歳が邪魔なんだが マジ要らないんだけど、どこかに引き取り場とかないのかね? → スレ主フルボッコになるも、意外な展開に…
年の離れた妹が保育園のお遊戯会でなりたかった妖精になれなかったと号泣 理由は妖精の衣装の手作りは父子家庭のうちには無理という判断 → 妹に申し訳なく思った俺は…
武勇伝じゃない気がする上に、かなり昔の話なんだけど。
俺には妹がいるんだが、これが何と10も年が離れてる。
しかも俺が13、妹が3歳の時に母親がタヒんじまったんで、
俺が母親代わり(父親は生きてるからさw)みたいなもんだった。
父親は仕事で忙しかったから、妹の世話はほぼ俺の担当。
飯食わせたり風呂入れたり、つたないながらも自分なりに一生懸命やってたと思う。
妹が5歳の時のこと。
保育園に妹を迎えに行ったら、なぜか大泣きしてやがる。
その日、お遊戯会の役を決めたんだが、妹はやりたかった役になれなかったらしい。
まあそれは仕方ねーだろ、あきらめろと最初は諭してたんだが
よく話を聞いてみると、どうもおかしい。
劇にはいろんな動物や妖精や探検家?が登場するらしく、
女の子の一番人気は妖精。妹も当然妖精がやりたかったようだ。
希望者多数だったので、決定は恨みっこなしのジャンケンにゆだねられるも、
妹は見事勝ち抜いて妖精5人のうちの一人に選ばれた。
ところが、先生が「○○ちゃん(妹)は動物の方がいいんじゃない」と妹を妖精役から外したという。
そんな馬鹿なと思いながら、俺はすぐに保育園に電話して確かめた。
そこで分かったのは、劇の衣装は保護者が作らなければいけないこと。
そして、妖精のひらひらの衣装はとても難しく、俺の家では無理だと判断され、
お面などを作れば済む動物役に妹が割り振られたことだった。
立食パーティに参加したときに世界の三大珍味を生まれて初めて食べた しかし正直期待外れな味だった → 会場奥の全然人がいない蕎麦コーナーで蕎麦を食べてみたら…
出席者は会社の営業を始め、販売店のディーラーさんが全国からやってきた。
総勢300人ほどが集まっただろうか、夜の部はというと宴会場で立食パーティだ。
正面入り口にはオードブルが、そこを一辺としてテーブルがコの字に配置され、
寿司、サラダ、フルーツ、ケーキ、飲み物なんかが山のように積まれていた。
会議の忄生質上、我々スタッフ部門は昼が、営業&ディーラーは夜の部がメインとなる。
スタッフ部門が営業に巻き込まれると何かと厄介であることは事前に知っていたから、
俺はそそくさとメインのオードブルから世界の三大珍味をとり、人だかりから離れていた。
恥ずかしながら三大珍味を口にしたのはあの時が初めてでね、どんな味がするんだろう
とドキドキしながら味わってみたんだが、正直言って期待外れだった。
キャビア・フォアグラ・トリュフ何れも美味いんだけど、日本人の味覚に合わないとでも言うか。
そうこうしている内に場の空気が段々と営業色に染まってきたから、俺は宴会場の一番奥に避難。
正面入り口のオードブル周辺と違って、こっちは全然人がいない。さあ安心して食うぞ、
と思っていたらお蕎麦のコーナーがあり、テーブルの奥には若い板前さんが立っていた。
そこにはわんこ蕎麦のように二口ほどの冷たいお蕎麦がお椀に盛られ、汁と様々な具
(ネギ、納豆、おくら、とろろいも、うずらの卵等々)が入っていた。
適当に一つ食ってみたらこれがバカうま!
「う、うめえ!!!」
『ありがとうございます。まだまだありますのでどうぞ』
誰もいないのをいいことに俺一人で70杯ぐらいは食ったかなw
よくよく話を聞いたらこの板前さん、俺と同い年で今は修行の身でいずれは実家に戻って蕎麦屋を継ぐ
とのことだが、そこがなんと俺の故郷と一致。すっかり意気投合して俺はお開きまでそこにいた。
今でも年に数回、帰省する度にそのお蕎麦屋さんには必ず立ち寄り、
同い年の彼は蕎麦屋の名店○代目として腕を振るっている。彼曰く、
『三大珍味より美味いとバクバク召し上がっているお客様(俺)を見て、すっかり自信がついたw』とのこと。
食い意地も何かの役に立つことはあるんだなw
娘が全国的に大きな賞を取って夫が喜んでトメに電話 嬉しそうに報告して最後に「お前にって」と私に受話器を渡した → 「おめでとう」と言ってくれるのかなと電話に出ると…
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- トメ・コトメ
旦那がすごく喜んで、実家のトメに電話した。
ひとしきり旦那が娘のことを嬉しそうに話して、最後に「おまえにって」と私に受話器をよこした。
直接私に「おめでとう」と言ってくれるのかなあと思って電話に出たら
「ああ○○さん?あのねえ、こんなこと知らせてくると××(旦那の妹)が気を悪くするでしょ? いとこ同士のバランスってものがあるんだから、こういうことは金輪際知らせてこないでちょうだい」とガチャン。
みなさん、旦那さんに姉妹がおられる場合、自分ちの子どものいい話はするもんじゃないですよ。
娘は私の連れ子なのだが、娘が小さい頃から「娘の旦那になるヤツは3回なぐる」と言っていた夫 → いざ娘に彼氏を紹介されると、涙ぐみながら彼氏に「娘をよろしく」と頭を下げ…
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小さい頃から「娘の旦那になるヤツは3回なぐる」と言っていた夫が
涙ぐみながら彼氏に「娘をよろしく」と頭を下げていた
娘彼はずっと娘に聞いていたらしく覚悟して来たのでポカーンとしていたw
夫の涙なんて初めて見たよ!結婚して15年も経つのに!
・・・はい、「計算があわない」と思う方、その通りです
娘は私の連れ子。
私より先に娘にプロポーズをしてくれた夫だし、
思春期もずっと会話を絶やさずに父親として頑張ってくれたので
娘はずっと父親大好きに育った。もちろん私も。
男なんて信用できない!と独身を通すつもりでいた私の心を溶かしてくれた
夫にはずっと感謝してる
「これでやっと新婚みたいにふたりっきりになるね」と言ってくれたので
まずは旅行しよう!といろいろ探していたら
「これからは2部屋取らないといけないから予算アップだなぁ、働かなきゃ」
・・・どうやら娘夫婦も一緒に連れて行くようだ・・・夫め・・・
旦那の親友が事故タヒして、引き取ってうちで育てた子が高2になり、就職したいと言い出した 旦那は「お金の心配は要らない。学力はあるから進学しなさい」と言った → すると息子は…
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昔、爺の親友が事故で亡くなって遺された一粒種の男の子をうちで育てたの。
その辺りの事情は長くなるし、身バレも困るので割愛するけど
すでに6歳になってたから本人も事情は大体分かってて、
でも亡くなった親友と共によくうちに遊びに来てたから、うちの生活に慣れるのは早かったの。
本当は養子にしたかったのだけど母親が養子にすることだけは了承しなかった。
うちには子供がいなかったから、子育てについて戸惑うことも多くて
どう対応していいのか分からない時もあったけど
婆と爺の双方の両親も孫として接してくれたし、
友人たちも協力してくれたし、色々教えてもらいながら頑張って育てた。
でも普段明るくて良い子なのが、時々暗い目になることがあって
それがすごく気になったりもしたわ。
一年も一緒に暮らすと、もう我が子にしか思えなくなって可愛くて可愛くて
いつか母親が迎えにくるかも知れないと思うと不安で震えることもあった。
で、息子(と書かせてね)が高2の時に転換期があったのよ。
ある日息子が「卒業したら就職する」って。
それに対して爺は「学力は十分あるんだから大学は行った方がいい。
行きなさい。お金の心配は要らないから」って言ったんだ。
お金の心配してるのは黙ってても分かったから。
もっと早く言ってあげたら良かったと反省したわ。
こっちは我が子として育ててるつもりだったから学費は用意してたの。
そしてこの時に息子が思いのたけを話してくれたのよね。
子供の頃、父親と一緒にうちに遊びに来てたころ
お母さん(婆)が作ってくれるごはんが美味しくて
いつもこんなの食べられたらいいなぁって思ってた。
そしたらお父さんが死んじゃって、お母さんに捨てられて
罰が当たったってずっと思ってた。
中学の時に新しい家(婆たちのマイホーム。それまでアパート暮らしだった)が建った時
僕の部屋があって嬉しくて泣いた。
ちゃんと僕を息子だと思ってくれたんだって。
でも大学に行きたいってのはどうしても言えなかったって。
奨学金を借りてってことも考えたけど、自分みたいな境遇が
ちゃんと就職できるかどうかも分からないし、
払えなくなったら婆たちに迷惑掛けるしと思ってたって。
