ラブラドール速報~生活・修羅場・鬼女まとめ~

#不倫#スカッと#サレ妻#昼顔#サレた側

    秘密



    144 :名無しさん 2015/08/27(木) 10:02:31 ID:KVF

    私なんて結婚して5年目に姑が病死する少し前に
    夫の父親は氾罪氾して獄中自杀殳したことを知らされたわ。
    夫はその事知らなくて、小さいころに離婚した父親がいかにろくでもない奴だったか、
    バチが当たって離婚後に交通事故で死んだとだけ聞かされてて、
    それを全然疑ってなくて詳しく調べたこともないっぽい。
    姑は一人娘で義父母も早くに亡くなってるし、
    なんだかんだで親戚とか外部から耳に入ることもなかったみたい。
    姑とは軽く確執あったから、最後っ屁で嘘つかれた可能忄生.を考えて
    自分なりに調べてみたら結構あっさり事実だってわかって、
    本当に旦那、調べたことなかったのか?知らなかったのか?って疑問だった。
    不幸中の幸いというか、うちは子供がいなかったから
    知らず知らずに子供を氾罪者の孫にせずに済んだけど、
    夫が子供嫌いで小梨だったのに、7年目に不イ侖相手を妊娠させちゃって離婚した。
    でもちょっとだけ後悔してることがある。
    私はできれば子供が欲しかったけど、旦那がそこまで子供嫌いならと諦めたのに
    子供ができたから離婚したいって言われたときは気が狂いそうだった。
    しかも私はもう30代の半ばを過ぎてたから、
    これから再婚したって子供は望めないかも知れないのに
    相手の女はまだ20代の半ば。




    85 :名無しさん 2018/10/20(土) 05:01:02 ID:mJ4scFJT.net
    叔母が家庭に縛られてばかりで鬱になるとキーキー言うので気晴らしとして母のやっていた店を手伝ってもらっていた。
    しばらくして叔母がその店の客と浮気して旦那と子供置いて家出。
    その後、母と母の友人が叔母について話し込んでいた時にポロッと「〇〇(母の名)の前の旦那の時だってあの女が寝取ったくせに…!」と爆弾投下。
    その時に始めて母が再婚&兄と父が違う事を知ったけどあまりにもポロッと過ぎて何もリアクションできんかった。



    492: 名無しさん@HOME 2007/01/26(金) 23:33:46
    (良トメ話なので嫌な人はスルーしてください) 

    今日の近距離別居トメ。 
    ある書類を持って行ったら、真剣な面持ちで「嫁子さん、ちょっと・・・」と中に招かれた。 
    「誰にも言わないでほしいの、息子クンにもよ。お願い、約束して。」 
    今までそんなトメは見たことがなかったので、なんだ?もしかして借金か?と思いながら 
    おそるおそる話を聞いてみたら、

    「あのね、あの・・・私、お付き合いをしてみようかと思う人ができてね・・・。」と。 

    ウトは9年前に亡くなった。(私が嫁いでくる前だけど) 
    おととしに下のコトメもお嫁に行き、やっと肩の荷が下りた頃だろうなと思ってた。 

    「いいですね、トメさん充分寂しい思いしましたもん。ウトさんだって許してくれますよ。」 
    と言うとワァアアアと泣き崩れた。 
    「素敵な人だなあと思うたびに自分はなんて汚い人間なんだって思ってた。 
     人間として最悪な感情を持ってるんだと思ってた。違うの?違うの?」と。 

    「人を好きになるのに、何が汚いんですか?トメさんがウトさんに申し訳ないと思う気持ち以上に 
     ウトさんはトメさんを一人残して申し訳ないと思ってるはずですよ。」と言うと 
    もう鼻水や涙やらで顔ぐっちゃぐっちゃにしながら 
    「でもねでもね、一番好きなのはウトさんなのよ?生涯ウトさんなのよぉぉぉおお」 
    と私にすがるようにきたので、「トメさんそれはウトさんに言ってくださいよw」と言ったら 
    急いで仏壇に向かい、(なんだっけ?度忘れしたけど音鳴らすやつ)をΩ\ζ°)チーンと鳴らしまくってたw 

    そのあと私の元に戻ってきて、「あのね!○○さんっていってね、今年還暦の人でね!」と 
    その素敵な人とやらを紹介してくれた。 
    すっかりウトさんのことは忘れたようだったけど、まあいいか。 
    最後に「息子クンに言わないでよぉ~」と念を押された。 

    今うずうずしている私がいる。



    314 :2016/07/20(水) 20:36:04ID:u9P
    ずいぶん昔の話だが、転勤の辞令が出て妻と一緒に新居を探してた時にちょっと面白い物件があった。
    外階段を上がったところに玄関がある完全分離型二世帯住宅だった。
    仲介業者から「1階に大家さんが住んでて、賃貸に出てたのは2階部分ですが、
    結構いいですよ?見てみます?」って言われて
    下に大家がいるなんて窮屈だって最初妻は嫌がったけど、まぁ見るだけ見てみようってなった。
    行ってみると、2LDKでリビングがかなり広々としてて、バルコニーも広い。
    当時今ほどコンビニがあちこちに無かった頃だったけど、100mぐらい先にあったし
    最寄りの駅から徒歩10分切るぐらいだし、駐車場も屋根付きで家賃込になってた。
    子供がいなくて夫婦ふたりで住むには十分な広さで
    下に大家が住んでるだけの普通のアパートと考えれば近隣相場と比べると破格の物件だった。
    それで妻も少し乗り気になってきて「一応大家さんがどんな方か会ってみたい」と言い出し
    会った印象次第で決めるってことに。
    1階は婆さんの一人暮らしで、この婆さんが女優の原ひさ子にそっくりで
    少し話しをしたが、面倒な人ではなさそうだったので決めた。

    そこに住んだのは5年近く。
    いつもは3年で異動になるんだが、何故かその時は長かった。
    妻は婆さんとアッと言う間に仲良くなって最初は窮屈で嫌だなんて言ってたのに
    昼間婆さんがいる1階でお茶を飲んだり一緒に買い物に行ったりして本当に仲良くなってた。
    そのうち「私(婆さん)がタヒんだらこの家貰ってもらおうかねぇ」なんて言い出して
    冗談だろうし、婆さんには遠方に住んでる娘さん夫婦がいたから
    適当に聞き流していたが、次の転勤の辞令が出た時に報告したら
    結構マジなトーンで言われてちょっとビビったw
    もちろん断ったけど。現実的じゃなさ過ぎる。
    でもその後も年賀状のやり取りもしたし、赴任先から地の物を贈ったりもした。



    298 :2017/07/28(金) 11:30:32ID:KpH
    自分の出生にまつわる衝撃話。

    私の生家は、私が幼稚園ぐらいまでは父親がおらず、母子家庭だった。
    その後、父親がともに暮らすようになった。
    小学生の頃は「(母親も働いていたため)転勤で一緒に暮らせなくなったが
    父親が決心して仕事を変わったので暮らせるようになった」と言われていた。
    父親側の親戚との交流がなかったのは疑問に感じていたりもしたが、父方祖父母は既に亡くなっており
    遠方の父方伯父以外の親戚はいないと説明されていた。

    成長して、父方伯父やいとこと話をしていると、父方祖父母や親戚が実際にはいるような節も
    聞いたけれど、父実家は伯父や父の結婚に反対していたらしいという話も聞いたので
    祖父母の反対や「嫁姑問題」なんかがあって、なかなか同居できなかったんだろうと勝手に解釈していた。
    母はいわゆるキャリアウーマンで、「姑」なんか全くこわくなさそうだし、
    そう考えれば父が母の姓を名乗っていることのつじつまもあったので、あえて聞こうとはしなかった。

    去年に、定年退職して間がない年齢だったが、父がガンで亡くなった。
    その時に、母と父方伯父から私の出生に関する話を聞いた。

    父と母は大学の同じゼミで、就職してからも交際は順調でいずれ結婚すると
    周りから見られていた。実際、半同棲のような感じだったらしい。

    母は学生時代からいわゆるフェミニズム運動のようなものに関わり、就職してからも
    ある程度続いていた。(定年後の今も、事業所向けのセクハラ防止講座とかで話してる)
    ただ、私が母から言われたのは
    「セクハラ(昔はこういう言葉もなかったらしい)や役割の押し付け(飲み会のお世話役など)
    には、曖昧な態度を取らず毅然と拒むか然るべき機関に訴えること。困っている被害者が居れば助けること」
    「結婚しても『自分の財布』を持ち、自己決定をかかさない。大事なことは夫婦で相談。
     家事や育児、あるいは収入を「相手に丸投げ」ではダメ」
    「制度上改姓は仕方がないとしても、相手の家の一員になるわけじゃなく新しい家庭を作るもの。
    『入籍』という言葉は正しくない」
    という感じで、今で言えば当たり前というか穏健なものだけれども、当時としては
    母は「変わり者」扱いされたらしいが、父はそういう母が好きで、対等なカップルだったらしい。



    693 :可愛い奥様2018/03/14(水) 01:06:35ID:RnXa5JVY0.net
    10年以上前、義姉と出かけ先でお互いジャンボ宝くじ購入(二人ともバラ10枚づつ)
    「どっちか当たったら旅行連れて行ってね~」とか軽口たたきながら義姉宅に寄りお茶していた。
    が、何か胸騒ぎがして義姉がトイレで席はずした隙にテーブルに置いてあった義姉購入の宝くじと自分のを交換。
    普段はそんなズルイことはしないし、そもそも元々持ってた方が当たりだったかもしれないのに

    忘れた頃に照合してみたら高額当選してた。誰にも言わずローンの繰上げ返済数年分と子供の学費、ハワイ旅行1回で
    無くなってしまったけど・・・
    義姉には株で少し潤ったと言い、ハワイ土産のブランド物の財布を買って罪悪感を薄めたが
    きっといつか自分にはバチが当たり酷い目に合うと思う。



    415:名無しさん@HOME2012/09/29(土) 21:52:17.52 0
    20数年前、私と旦那が結婚後直ぐウトメ熟年離婚。
    それだけでもビックリだが、ウトのやけっぱち発言により
    旦那がウトの子ではない事が発覚。
    トメが妻子持ちに「独身だ」と騙られ、はらまされた子だとのこと。
    ウトは世間体のためだけに、父親役と夫役をやらされてただけなんだと。
    これが第一の修羅場。

    そして先月、旦那の実姉と名乗る人が訪ねてきた。
    年老いた旦那の実父が旦那に会いたがっているんだと?
    念のため調査会社に依頼すると、自称実父は自己破産者、要介護状態で、団地で高齢自称実姉と2人暮らし。
    どう見ても不良債権。あわない方が良いと夫婦で判断。
    で、「戸籍上も他人ですし、お会いするいわれはございません」と私が断りの電話を入れると
    「嫁子さんだけでも、こちらに来て欲しい・・・」
    って、私介護役期待されまくりジャン!
    私にとっての最大の修羅場。
    「産んでもらった恩」とか言われても、シラネー。
    でも、これって某メダリストみたいに批判されるのかな?



    187:おさかなくわえた名無しさん2013/04/04(木) 15:21:46.00 ID:QPiXl+AY
    俺は実兄を見ごろしにした。
    母が亡くなって、やがて俺が結婚して家を出て、
    実家は70過ぎの父と30代の兄の二人暮らしとなった。

    兄は今まで一度も就職したことがない、
    筋金入りの引きこもり気味のニートだった。



    145:おさかなくわえた名無しさん2016/10/06(木) 18:21:30.98ID:6qw0BbPx
    双子の妹と就職の報告を親父にした時、
    実は俺達が亡くなった母の不貞で生まれた子供だと教えられたのが修羅場

    親父は母がガンで亡くなる直前にその事実を聞きだした。
    「成人して働くまでは養ってあげて欲しい」
    という遺言を守っただけと説明してくれた。

    俺、妹大泣き状態
    でその後
    「実は今付き合っている彼女と今度結婚するから二度と会わないでもらいたい」
    といわれた。

    親父曰く今度こそ本当の家族を手に入れたいんだと
    母の両親はもういないし実父も慰謝料払った後母の後を追ってしまったそうだ。

    その後急遽妹と住むところを探してなんとかなったけど
    しばらく妹が情緒不安になったりと大変だった。

    今は30後半だけど俺も妹も結婚する気は全くない
    特に親父を恨んでいるわけでもないが血のつながらない
    自分を裏切った女性の子供を育てるのはどんな気持ちだったのかと考えると
    なんとなく自分が家庭を持ってはいけないような気分になる。



    415:名無しさん@HOME2013/03/29(金) 23:38:58.79 0
    とてつもなく長いです。
    吐き出させてください。

    フェイク入れてるので微妙な辻褄の合わなさはご愛嬌としてください。
    また、子供のいのち云々の胸ク/ソな話も入ってきますので、諸々含め嫌な方はスルーお願いします。

    わたしは20台前半で一回り年上の旦那と出会いました。(既に離婚済みで元旦那ですが、旦那と表現します)

    出会って半年ほどで交際をはじめ、さらに半年後で結婚を前提にしてもらえないかと簡単なプロポーズをうけ、
    4歳の息子がいる事を打ち明けられました。
    「妻とはタヒ別で、息子はほとんど覚えていない。実は生まれは田舎だが、思い出すのが辛く、
    両親をつれて上京し、今では息子を見てもらいながら四人で生活している。」
    と言われました。そこから息子にも会うようになり、そのさらに半年後、つまり付き合って一年で
    同居の形で結婚しました。
    私には両親がなく、兄弟もないので、誰にも反対はされませんでした。

    旦那は「母は妻亡き後息子を育ててくれたから、それがとられてしまうようでさみしいから、
    辛く当たることもあるかもしれないが許して欲しい。ただ、耐えられないほどなら自分にすぐに伝えてくれ」
    とも言いました。

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