祖母





    439:名無しさん@HOME2014/02/07(金) 08:25:25.91 0
    この間、祖母の法事があったんだけど
    義兄嫁がアホみたいに飲んで飲んで酔っ払って
    「こらブス、こっちにきて酌せーい!」と私を呼びつけた。
    義兄嫁は太ってて正座ができないので、最初は女座りしてたけど
    酔っ払ってだんだん胡坐になってパンツ丸見え。
    なので「お義兄嫁さん、見えてるよ」って注意しても
    「あーん?ブスが何か言ってるーーー」って気が付かない。
    なので大き目のハンドタオルを膝に掛けてあげると
    「ブス専用タオルいらねーーーー」とか。
    義兄は向うで伯父さんたちと盛り上がってるし、
    近くにいる義従姉妹や伯母たちは苦笑してるし、
    私も恥ずかしいから離れようとすると
    「こらブス、逃げんな!」と首根っこを掴まれた。
    その後も自作の<ブスの歌>を歌われるし
    とにかくみんなの前でブスブスブスブス言われた。
    確かに私はブスだけど、人前でそんなに何度も言われると傷つくし腹も立つ。
    で「もーーーいい加減にしてよデブ」って言ってやった。

    で、昨日のこと。
    夫から「おまえ義兄嫁さんにデブって言ったんだって?失礼だぞ」って言われた。
    義兄嫁が傷ついてるって義兄から言われたらしい。
    ええええええ!!!そこだけ覚えてるの???
    デブ恐るべし。





    479 :名無しさん@おーぷん
    無人のようなのでまったり書き込みます。

    高校生のとき、ひと月の間に両親を相次いで亡くして喪主二回やったのが修羅場。

    母親は先天的な心臓の欠陥からくる虚弱で、入退院を繰り返している人だった。
    普通のサラリーマン家庭で育ったが、友達のように「じーちゃん」と「ばーちゃん」はいなかった。

    推薦で大学が決まってボチボチ車の免許を取ろうとしていた時期に父が車の事故で他界した。
    訃報を聞くなり母が卒倒。救急車で病院に運ばれそのまま入院した。
    「祖父母」という存在がいなかったように、「親戚」もいなかったから自動的に喪主をやることに。

    父の勤め先をはじめとした周辺への連絡、火葬の許可など、何から着手していいのかわからないままご近所さんたちの知恵と手を借りてどうにか通夜にこぎつけた。
    喪主の席で坊さんの背中を見ながら思ったのは、「坊さんもタダじゃ経をあげてくれないんだなー」ということ。

    預金の名義が父になっていたことから、父が亡くなったことで凍結。
    相続の手続(?)が住むまで下せなくなっていて、葬式代の工面に大わらわした。
    (大学進学を機に一人暮らしする予定だったので、両親があらかじめ私名義で積立をしてくれていたので、そこから支払った)

    ここまでが第一の修羅場。





    482 :鬼女日記2015/04/09(木) 20:36:17ID:YGK
    うちの妹は表向きは中小の事務員で、副業でオタク創作系な職業をやっている。
    そのことは家族だけが知っており、親戚にも近所にも秘匿している。
    なぜならば親戚にクズが多く、特にちょっとでも小金の匂いを嗅ぎつけると
    平気でタカってくる伯母が近くに住んでいるからだ。
    俺は兄の立場なのだが、要介護の祖父母がいるので、俺妹ともに実家暮らしで
    両親と手分けして介護をしている。
    ちなみに親戚は介護を手伝おうかなどと言ってきた試しがない。
    金も出さず、仏壇に参ることもなく、「臭いから」と玄関先で帰るそんなやつらばかりだ。

    859:おさかなくわえた名無しさん2009/06/22(月) 21:26:04 ID:mOkMtoFV
    うちは古民家で「昔の暮らしを調べよう」にはもってこいの場所
    だが、祖母が「静かに暮らしたい」と近所の小学生たちの調べ学習を断ってきた
    だが、今年の初め、余命を知ったか(二ヶ月前に他界)初めて子供たちを中に入れた

    それからしばらく後の先日、私は仕事休みで自室で読書をしていたら子供たちの声
    見ると列になってこっちへ来る
    どこかへ調べ学習へ行くのか、と読書を再開していたらざわめきが収まらない
    もう一度見ると家の前に全員座っている。そして先生らしき人が
    「は~い、じゃあ今から、先生がお家の人に聞いてみますからね~」
    と子供たちに言っている
    そして呼び鈴が鳴り、母が応対すると
    「ずっと断られてきましたけど~、おばあさまもお亡くなりになったので、もういいかと思いまして。
    お家に入れて下さ~い」
    完全アポ無しです。母はさすがに断ろうとしたけれど、暑い中、来た子供たちのために入れてあげました
    だが、子供たちははしゃぎ回って言うことを聞かない
    最後に元教師(祖母が亡くなったので跡を継ぐために教師をやめた)の母がブチ切れて一喝。
    子供たちを黙らせた。そこでようやく引率教師、母に気づき
    「あ・・もしかして○○先生ですか?あの時はお世話になりました~vまたよろしく~」
    「おばあさまいらっしゃったらこんな素敵なお家、見られませんでした~。よかった~」
    その言葉に母、言葉をなくしました

    そして子供たちが帰ってから、私は初めて母が怒りで泣くのを見ました





    244 :名無しさん@HOME2014/06/29(日) 08:13:490.net
    タヒんだと聞かされた母が迎えに来たとき

    幼少期は父と祖母に育てられたが、父は私を育児放棄して祖母に任せっきりで碌に会話をした覚えもない。祖母は私を虐待していた。毎日殴られ、蹴られた。食事は一日に一回で茶碗一杯のご飯だけの時も良くあった。掃除、洗濯等の家事をさせられていたのは良く覚えている。
    6歳の時、タヒんだと聞かされていた母が現れ、私を迎えにきた

    祖母と母は取っ組み合いの喧嘩をしていた。父は傍観を決め込んでいた。ビール瓶で頭を殴られ血だらけになっても祖母と言い争っていた母は印象的で良く覚えている

    結局父は親権を放棄して、以降私は母の元で育てられた。





    67 :名無しさん@おーぷん2015/06/19(金) 13:08:36ID:y5b
    悪事を働いて警察から家に電話がかかってきた訳でなく
    落し物を交番に届けて電話がかかってきて祖母に思いっきりビンタして怒られた事があった

    祖母は毎日のように私に言い聞かせていた「警察に捕まるようなことだけは絶対にするな!」と
    そんなある日、友達2人と仲良く下校中に誰もいないバス停のベンチにカバンが置いてあった
    「落し物かな?」
    「誰か忘れたのかな?」
    落し物なら交番に届けないとと友達と一緒に近くの交番に届けたがお巡りさんは警ら中だったみたいでいなかった。
    仕方なくカウンターに置いてあった用紙に、落し物の置いてあったバス停、代表で私の名前、住所、電話番号なんかを記入して帰宅。
    早く落とし主見つかるといいねと話して笑っていた。

    帰宅して1時間くらい立ってからからだったか電話がかかってきて祖母が取ったらしいと思ったら鬼のような形相で私の部屋に乗り込んできてビンタ、髪を掴みあげて大激怒
    「警察から電話がかかってきてる、一体何事か!!」
    「あれ程悪いことはするなと散々言っただろうがぁ!!!」

    そのまま髪を引っ張られ、靴も履けないまま大泣きしながら祖母に引きずられるように交番に連れて行かれた、そして祖母「すいません、すいません、孫が悪いことしてすいません、言い聞かせますからどうか許して欲しいと」
    これに慌てたのがお巡りさん&落とし主
    「お孫さんは落し物を見つけて交番に届けてくれたんですよ」
    「悪いことなんて何もしてません」
    祖母は全く信じないが落とし主もお巡りさんに加勢して事情説明、ようやく理解したらしい
    「そんなはずはない、アンタから私宛に電話がかかってきた(だけ)孫が悪さしたと」
    「いやお婆さん、あなたそれで電話切ってしまったじゃないですか」

    要するに祖母は警察から電話がかかってきた=私が犯罪をおかしたと勘違いしてビンタだの髪の毛引っ張って連行だのをしたに過ぎなかったと後日知った
    その時の私は当然ながら泣いてパニックになって訳が分からず泣いていた

    その後、祖母が亡くなるまで口を聞くことも顔を合わせることも殆どなくなり話しかけられても無視するようになった
    教室とかで誰かが物を落としても拾うことが出来なくなったのは間違いなく祖母のせいなんだろうなと思った





    884 :本当にあった怖い名無し2013/06/28(金) 05:48:48ID:Y9yKk0ly0
    俺のされた事に対して祖母ちゃんがやったと思われる復讐なんですけどいいですか?
    後、何かオカルトっぽいけどここで話しても大丈夫ですかね?





    883 :1/2
    母方の祖父が懺悔してきたこと。
    祖父は昔からかなり酒癖が悪く、常に一言多いタイプの人。子供だった母や叔父たち、祖母にとっては毒親、ダメ夫だと思う。
    それでも孫たちのことはとても可愛がってくれる良い祖父で、特に最初の孫だった私は目に入れても痛くないほどの溺愛っぷりだった(私がタバコ、酒をやめて!と言うと一時的だけどすんなり止めてくれるくらい)。
    私も母方の祖父母が大好きだったし、祖父を手の上で転がせる私の存在は祖母にとっても助けになっていた+母も弱ってきた祖父が心配で私を派遣したかったのもあり、月に2回は顔を見に行っていた。





    112 :名無しさん@おーぷん
    子ども時代に祖母に衝撃を受けたこと。
    小学校の授業で戦争について習ったので祖母に戦時中の暮らしを聞いたら
    「田舎の別荘に疎開していたから不便だっただけwww。大嫌いな勉強も習い事もせずに済んだから楽しかった。
    お手伝いさんも連れて行ったので至れりせりだった。戦争が終わって京都の実家に帰ったら
    駅の周辺に戦災孤児や被災者が寝泊まりしていて迷惑だった。
    あんな野良犬みたいな連中初めてみて衝撃だった。保健所で始末してほしいよね、と友達と一緒に笑った」だった。
    元々お嬢様育ちで子育ても家事も家庭教師と家政婦に丸投げして家におらず
    旅行美食買い物三昧だったと知っていたが今更ながら頭のネジがはじけた人だったんだろう。





    351 :名無しさん@おーぷん 2017/09/23(土) 10:33:35 ID:nz2
    価値観の違いと言われればそうなんだけど
    生前婆ちゃんは着物を何枚か持っていた
    特別な日にしか着なかったけど、とてもきれいな色と模様で、着けてみたいと思ったものの
    私170cm、婆ちゃん145cmと、どうしたって着けられる丈ではない
    婆ちゃんが亡くなり、不用品等を片づけていたら、その着物もあったので
    親戚にどうするのか聞いてみたら「捨てる」との事だった
    「あんな綺麗な着物捨てるの!?誰か貰う人いないの?」と驚いたが
    着こなせる人がいない、丈が誰にもあわない、柄もやや古いとの事で処分すると言うので
    「私がもらいたい!着られないけど、リメイクしてカバンとか小物に活かせるよ!」と提案したが
    「リメイク?なんでそんな事するの?着物がもったいない」と取り合ってくれなかった
    処分する方がよっぽどもったいないと思ったんだけど
    親戚一同着物にハサミを入れる事自体がもったいないって事で、私の案は却下され、結局着物は処分された
    いまだにもったいないと思ってしまう未練たらたら

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