ラブラドール速報~生活・修羅場・鬼女まとめ~

#不倫#スカッと#サレ妻#昼顔#サレた側

    祖母



    314:育児板からのコピペです。1/2ID:p2KB8WYC
    孫子(私)を気持ち悪いほどベタベタに可愛がって、
    嫁(実母)をいびり倒してたトメ(祖母)。
    食事の時にのけ者にしたりとか、
    近所の人に「階段で押された」とか
    「塩辛いものばかり食べさせる」とか
    そりゃもう作り話のオンパレードで、
    近所とか親戚にひどい鬼嫁扱いされてた。

    小4ぐらいになって、親戚がたくさん集まって
    みんなでお墓参りに行った時の話。
    母はひとりで家で20人分ぐらいの食事の準備をしていて
    (祖母が急に一人でやれと言った)お墓に来なかった。
    で、お墓の掃除とかお供えとか一段落した時に祖母が
    「年に何回もない墓参りにも来ないで非常識な嫁をもらったもんだ」
    「食事だって何を出されるかわかったもんじゃない、
    何年経っても上達しない」
    「孫子(私)だって嫁子より私が育てたようなもんだ」
    ときた。



    156 :名無しさん@おーぷん
    もう10数年前だが、祖母が新聞紙に包まれてた重い何かを私に渡して、
    「絶対みんなにバレないようにあなたが隠して持ってなさい。私がタヒんだらそれを持ってこの家
    を出なさい。必ず大事に使いなさい、この家にもう戻ってはいけないよ」と言った。

    この時私は高校出て、家事と寝たきりの祖母の介護をしてた。夜の介護も私なので同室。
    大学は「馬鹿だから行くな」と親に言われた。
    子供の頃から塾に通っていい大学に行った兄に比べれば、私は塾も習い事も行ったことない
    馬鹿なので、しょうがないなと思ってた。
    兄の習い事での表彰状が家じゅうに貼ってあった。羨ましかったけど、「お前には引っくり返っても
    貰えないよ」と祖母以外のみんなに言われて育ってたので、そうなんだなと思った。

    祖母は「○○ちゃん(私)だって賢い子だよ」と言ってくれたが、家の中で病気がちな祖母の発言は弱かった。
    家は会社人間の父と、趣味と社交に没頭する母、出来る兄と、奴隷要員の私と、ガンの手術と再発を繰り返
    してる祖母の5人暮らしだった。

    祖母は冒頭の会話の二年後、最後のガン手術から結局回復しないまま心不全で他界した。
    祖母の部屋からは手術前に残した手紙が見つかって、
    「数年前○○会社の○○と名乗る男性.のつまらない投資詐欺に騙されて、お父さん(祖父)から相続
    した貯金をほとんど無くしてしまいました。恥ずかしくて今まで隠してました。ごめんね」
    という内容だった。

    両親と兄は「介護までしたのに!恩知らずのババアが!!」と大激怒。
    私はただ泣いていた。

    祖母の介護がなくなったので、私は家を出ることにした。
    両親は「家事はどうするんだ」と怒ってたけど、結局は「高卒出のバイト暮らしなんて、
    すぐ立ち行かなくなるぞ」「週末は家事しに戻ってこい」と言って送り出してくれた。

    それが両親の顔を見た最後。兄の顔見た最後はいつだったか。全然思いだせない。
    祖母から預かった新聞紙の包みの中身は知ってた。
    アパート借りる保証人になってもらう時親に見せた住所は偽物。
    遅くなったけど専門学校に入り資格を取り就職、その後縁あって結婚も出来た。

    祖母のお金は入学金とバイトが見つかるまでの生活費にしか使わず、結局まだほとんどが金庫に
    残っている。
    これがあれば何も怖くないよと、いつも祖母が背中を押してくれてるような気がしてる。

    贈与税とか色々ダーティーなお金なのでスレタイ。

    スレット名…奥様が墓場まで持っていく黒い過去



    57:名無しさん@おーぷん2014/12/24(水)10:33:48ID:PVy
    私の父だった人はキングオブ屑だと思う。
    私の父方祖母は要介護で、
    母が隅から隅まできっちり介護してた。

    私や弟の前では言わないが、
    祖母は母にちくちく文句ばかり言って相当困らせていたと思う。

    父は母に介護を丸投げで、
    その日に祖母が何を食べたかすら知らない。

    私は当時小学生ながら、
    父は仕事が忙しく帰りが遅いから
    仕方がないのかなと思ってたし弟もそう思ってた。

    私や弟が母を手伝おうとすると
    祖母が子供にやらせるんじゃない!と怒鳴ってた。

    母は痩せ、笑わなくなり、
    私や弟が学校で何か賞を取っても笑顔を見せなくなった。
    私が中学生になったころに祖母はタヒんだ。

    介護の手間がなくなりほっとした頃に、
    父が記入済みの離婚届を渡してきた。私や弟がいる前で。

    まさに青天の霹靂で母は呆然。
    なんで?どうして?を繰り返してたのを覚えている。

    飯もまともに作らないし
    掃除も介護前よりレベルが下がった。
    俺が求めてもお前は疲れたと言って拒否。だから離婚したいんだと。





    599:1/32011/02/14(月) 17:56:54 0
    私の義理の母(父の後妻)のDQ返し。すれ違いだったらごめん。

    父は実母と別れたあと後妻と再婚。
    一人っ子の当時園児だった私は父に引き取られたが、
    この後妻が意味も無く大嫌いで、同じく後妻が大嫌いな父方の祖母(同居)と
    手を組むようにしていびっていた。
    例えば、運動会にお弁当を作ってきてくれる→祖母がこっそりと虫のおもちゃを仕込む
    →ふたを開けてそれを見つける→私キレて弁当をグランドにぶちまける→
    後妻が意地悪をして虫の入った弁当を持ってきたと大泣き→
    近所のおばさんに同情され、お昼を分けてもらう…
    などをはじめ、かなり陰湿ないじめをしていたと思う。
    だけど夫婦仲はよく、後に後妻は妊娠した、
    すると今度は祖母が私に「父と後妻は子供が生まれたら(私)を追い出すに違いない
    それを回避するためにも後妻をタイミングよく階段から突き落とせ」と言い含めた。
    真に受けた私は何度か試みるもさすがに人を突き落とす行為がこわくて
    (家の階段ははしごに近いような急勾配&古い家なので1階の天井が高い&踊り場が無い)
    どうにも実行できずにいた。
    また、その頃友人の家に赤ちゃんができて、その小ささや柔らかくてかわいらしさに
    ノックアウトされ、こんな赤ちゃんがうちにも来るんだと思ってた事も大きい。
    すると祖母は私を呼び、「このままじゃおまえはここにいられなくなる。
    おばあちゃんの言う事を聞かない子はおばあちゃんも大嫌いだ、
    公園の人たち(ホームレス)のように、汚い格好でゴミをあさることになるよ」と脅された。





    687:名無しの心子知らず投稿日:2009/04/01(水) 09:54:08ID:lZ7mvKPz
    ウチのおばあちゃんの家も、畑と山があるんだけど、農作物目当てに
    新興住宅のセコケチが沸いてくる。
    畑をしているだけで「素朴な」「気のいい」「でも、寂しがりやの」おばあちゃんと勘違いしているセコケチ。
    「おばあちゃん」とベチャベチャ甘く呼びかけられて気色悪いと話していたが、ある程度あしらっていたようだ。
    もちろん、何もやらない。そこにいるのは勝手だから、しゃべらすだけしゃべらせて絶対あげないんだって。

    私が遊びに行ったときに、おばあちゃんに言われて畑ですいかを採っていたら、
    見知らぬ子供が、「泥棒!」って言ってくる。
    まもなく、セコケチがやってきた。
    「ちょっと、あんたウチの畑で何しているの?」
    ウチの畑??
    「ほんと、油断も隙もないわね~。通報してもいいけど、採った物は仕方がないから売ってあげる
    3千円でいいわよ。」と手を出してくる。
    「いや、ここウチのおばあちゃんの畑なんだけど。なんであなたにお金払わなくちゃいけないの?
    というか、あなたのやっていることが通報されることじゃないの?」
    手を出したままセコケチ固まりました。
    それで、そのあと出した手でバンバン私の肩をたたきながら
    「や~ね!ジョークよ!ジョーク!!泥棒が多いから気をつけてみてただけよ~」
    もちろん、おばあちゃんとおじにチクリました。
    セコケチの被害はなかったようだけど、付き合いがないから村八分の対象外なんだって。
    それ以来、おばあちゃんはセコケチを徹底的に無視したから、来なくなったって。

    盗難防止に一番効くのが、「農薬または劇薬散布中」の札。
    ほしいといったらあげようと思ったけど、盗むのは許せないって。
    通報するって書いても大丈夫と思うドロは多いよ。
    本当に、通報するのにね。



    479 :名無しさん@おーぷん
    無人のようなのでまったり書き込みます。

    高校生のとき、ひと月の間に両親を相次いで亡くして喪主二回やったのが修羅場。

    母親は先天的な心臓の欠陥からくる虚弱で、入退院を繰り返している人だった。
    普通のサラリーマン家庭で育ったが、友達のように「じーちゃん」と「ばーちゃん」はいなかった。

    推薦で大学が決まってボチボチ車の免許を取ろうとしていた時期に父が車の事故で他界した。
    訃報を聞くなり母が卒倒。救急車で病院に運ばれそのまま入院した。
    「祖父母」という存在がいなかったように、「親戚」もいなかったから自動的に喪主をやることに。

    父の勤め先をはじめとした周辺への連絡、火葬の許可など、何から着手していいのかわからないままご近所さんたちの知恵と手を借りてどうにか通夜にこぎつけた。
    喪主の席で坊さんの背中を見ながら思ったのは、「坊さんもタダじゃ経をあげてくれないんだなー」ということ。

    預金の名義が父になっていたことから、父が亡くなったことで凍結。
    相続の手続(?)が住むまで下せなくなっていて、葬式代の工面に大わらわした。
    (大学進学を機に一人暮らしする予定だったので、両親があらかじめ私名義で積立をしてくれていたので、そこから支払った)

    ここまでが第一の修羅場。



    439:名無しさん@HOME2014/02/07(金) 08:25:25.91 0
    この間、祖母の法事があったんだけど
    義兄嫁がアホみたいに飲んで飲んで酔っ払って
    「こらブス、こっちにきて酌せーい!」と私を呼びつけた。
    義兄嫁は太ってて正座ができないので、最初は女座りしてたけど
    酔っ払ってだんだん胡坐になってパンツ丸見え。
    なので「お義兄嫁さん、見えてるよ」って注意しても
    「あーん?ブスが何か言ってるーーー」って気が付かない。
    なので大き目のハンドタオルを膝に掛けてあげると
    「ブス専用タオルいらねーーーー」とか。
    義兄は向うで伯父さんたちと盛り上がってるし、
    近くにいる義従姉妹や伯母たちは苦笑してるし、
    私も恥ずかしいから離れようとすると
    「こらブス、逃げんな!」と首根っこを掴まれた。
    その後も自作の<ブスの歌>を歌われるし
    とにかくみんなの前でブスブスブスブス言われた。
    確かに私はブスだけど、人前でそんなに何度も言われると傷つくし腹も立つ。
    で「もーーーいい加減にしてよデブ」って言ってやった。

    で、昨日のこと。
    夫から「おまえ義兄嫁さんにデブって言ったんだって?失礼だぞ」って言われた。
    義兄嫁が傷ついてるって義兄から言われたらしい。
    ええええええ!!!そこだけ覚えてるの???
    デブ恐るべし。





    884 :本当にあった怖い名無し2013/06/28(金) 05:48:48ID:Y9yKk0ly0
    俺のされた事に対して祖母ちゃんがやったと思われる復讐なんですけどいいですか?
    後、何かオカルトっぽいけどここで話しても大丈夫ですかね?





    244 :名無しさん@HOME2014/06/29(日) 08:13:490.net
    タヒんだと聞かされた母が迎えに来たとき

    幼少期は父と祖母に育てられたが、父は私を育児放棄して祖母に任せっきりで碌に会話をした覚えもない。祖母は私を虐待していた。毎日殴られ、蹴られた。食事は一日に一回で茶碗一杯のご飯だけの時も良くあった。掃除、洗濯等の家事をさせられていたのは良く覚えている。
    6歳の時、タヒんだと聞かされていた母が現れ、私を迎えにきた

    祖母と母は取っ組み合いの喧嘩をしていた。父は傍観を決め込んでいた。ビール瓶で頭を殴られ血だらけになっても祖母と言い争っていた母は印象的で良く覚えている

    結局父は親権を放棄して、以降私は母の元で育てられた。


    859:おさかなくわえた名無しさん2009/06/22(月) 21:26:04 ID:mOkMtoFV
    うちは古民家で「昔の暮らしを調べよう」にはもってこいの場所
    だが、祖母が「静かに暮らしたい」と近所の小学生たちの調べ学習を断ってきた
    だが、今年の初め、余命を知ったか(二ヶ月前に他界)初めて子供たちを中に入れた

    それからしばらく後の先日、私は仕事休みで自室で読書をしていたら子供たちの声
    見ると列になってこっちへ来る
    どこかへ調べ学習へ行くのか、と読書を再開していたらざわめきが収まらない
    もう一度見ると家の前に全員座っている。そして先生らしき人が
    「は~い、じゃあ今から、先生がお家の人に聞いてみますからね~」
    と子供たちに言っている
    そして呼び鈴が鳴り、母が応対すると
    「ずっと断られてきましたけど~、おばあさまもお亡くなりになったので、もういいかと思いまして。
    お家に入れて下さ~い」
    完全アポ無しです。母はさすがに断ろうとしたけれど、暑い中、来た子供たちのために入れてあげました
    だが、子供たちははしゃぎ回って言うことを聞かない
    最後に元教師(祖母が亡くなったので跡を継ぐために教師をやめた)の母がブチ切れて一喝。
    子供たちを黙らせた。そこでようやく引率教師、母に気づき
    「あ・・もしかして○○先生ですか?あの時はお世話になりました~vまたよろしく~」
    「おばあさまいらっしゃったらこんな素敵なお家、見られませんでした~。よかった~」
    その言葉に母、言葉をなくしました

    そして子供たちが帰ってから、私は初めて母が怒りで泣くのを見ました

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