862: おさかなくわえた名無しさん 2018/01/14(日) 11:37:59.67 ID:vswjYcNa
    9時過ぎに兄の家に住んでいる父から電話が掛かってきた。
    「部屋から出られない。」
    詳しく聞いてみたら「トイレに行こうと思ったら部屋の扉が開かない。
    朝食も食べていないので、お腹が空いている」
    慌てて兄の携帯に電話をしたところ、「家族でショッピングモールに向かっている。朝食は父親と一緒に食べた。 部屋には鍵を掛けてきたけれど、オムツをしているしポータブルのトイレを置いてきたのでそこでして貰う。 お昼ご飯までには帰る。オヤジにも説明してきた」
    どうして奥さんを見守りで置いて行かなかったのかと聞いたら、
    娘の学校で必要なものを買い物するので、奥さんも一緒に行きたい。娘もママと行きたい。と言うので、みんなで出掛けた。
    だったら、お父さんも一緒に連れて行けば良かったじゃない?
    「オヤジと一緒だと車椅子が必要なのと、車椅子だとエレベーターに乗るのも30分は覚悟しなければならない。歩かせると遅いうえにずっと付き添わないと勝手に何処かへ行ってしまう。
    食事となると、食べられるものを探すのが大変。インシュリンの注射をフードコートで打つのは流石に憚れる」





    440: 名無しさん@HOME 2013/10/05(土) 01:34:51.10 0
    生まれて初めての修羅場が既に最大級だった。 

    赤ん坊の頃、片耳を切断しかけました。
    一歩間違えば、「片耳無しほういち」だったな…。





    35: ◆i4U7.nqqLd9/ 2012/06/18(月) 19:15:28.68 0
    父親は子供達(兄と私)には優しかったがダメな人で、
    他人の連帯保証人になって借金肩代わりしたり、 
    突然仕事を辞めて自営業を始めて結局潰したりと、
    お金の問題にはとてもルーズだった。 
    ゲームやオシャレなオモチャはもちろん、
    給食費が払えなかったり、ご飯がパンとマーガリンだけだったりとか、 
    自宅は見た目立派な一戸建てなのに中身は随分な暮らしだった。 

    母はそれでも耐えていたが、
    ある時893系の企業からお金を借りて返せなくなり 
    (たぶんその企業の罠で借りた分は全部吸い取られた)、
    家に乗り込んでくるまでになったので離婚した。 
    まっとうに働いて返すんなら母は協力したかもしれないが、 
    まだ高校1年の娘(私)を差し出して~と
    父が母に土下座したのでキレたらしい。 
    母に同情して相談にのってた元警察官に間に入ってもらい、
    自宅は出ることになったが借金は父がなんとかすることになった 
    (結局自宅を売った)。 
    私と兄は当然、母について行くことに。 

    その後兄と私が大学に進み、母のパートと兄と私のアルバイトで苦しいけど、 
    幸せに暮らしてた(兄は遠くの大学だったので一人暮らし。仕送りが来てた)。 

    そしてある時ロミオレターが届いた。 
    父に住所は明かさず、メールでのみ連絡を取っていたのにと
    母と二人で不気味に思ったが、中身はさらに不気味だった。





    761: ◆jcdz5abwLs 2011/02/22(火) 12:31:41.17 0
    父がエネミーだった。 

    うちの母はいわゆる「片づけが出来ない女」 
    でも 片づけが出来ないなりに努力はしてたと思う。 
    私達姉妹が子供の頃は、
    散らかった家に友人も呼べなくて悲しい思いもしたけれど、 
    今思えば、共働き夫婦なんだから父が片づければよかったんじゃないかと思う。 
    料理はすべて母がしてたんだし、同じくらい稼ぎ、 
    同じくらいの時間働いていた。 
    なぜ 父が掃除や整頓としなかったのかと思う。 

    そんな母を「躾けるために」と、
    祖母(父の実母)や伯母(父の実姉)が 
    しょっちゅう我が家を出入りする。 
    そのたびに「あなたのお母さんはなんんいも出来ない人よね」 
    と私と妹は言われまくっていた。 
    そんな血を引く自分達は、人間失格みたいな気持になっていた。 
    言われるのが嫌で父に 祖母達と会いたくないと言っても 
    「お前達のお母さんが何もできないから来てもらってるんだ。感謝しろ」 
    と怒られてた。





    926: 名無しさん@HOME 2013/10/31(木) 21:48:05.21 O
    父が事件を起こして、そこから逃げ出すまでの修羅場 
    PCでやる犯罪(違法アップロードとか)で 
    PCを押収されて父が事情聴取から一度帰されたとき 
    「お前がやったことにして欲しい」と私に土下座してきた 
    我が家のPCであることは分かってもその時間誰が使ってたかは 
    家族で口裏合わせたら何とかなると思ったんだろうね 
    母は専業主婦、兄弟で一番年長の私が大学生、
    唯一の働き手を失いたくない家族に 
    濡れ衣着せられそうになったので警察に相談 
    警官に言われた通り家族の発言を何とか録音して警察に渡して逃げた 
    警察からの口添えもあり、
    大学は母が押し掛けてきても私に取りつがずに追い返してくれた 
    何とか大学を卒業し、就職先を言わずに引っ越して
    完全に音信不通になるまでが修羅場





    441: 名無しさん@おーぷん 2018/06/05(火)15:06:30 ID:xVl
    長い長い愚痴になります。

    俺が幼い頃、父は数々の粗相を働きついに母に見捨てられ、
    俺は母に連れられて家を出ました。
    浮気、ギャンブル、暴力、不潔、家事育児不協力。
    最初からそうだったわけではないそうですが。
    母は日頃から父を悪の見本市だと言って、「お前はああはならないでくれ」と言い聞かせ、俺を育てました。

    生活は大変でしたが、俺も父の醜態を見て育っており、
    子供心ながらに自分の生活と父の醜態を比較しながら、
    善きように、より善きようにと心がけて生きるようになりました。
    それまでが大変ひどい生活だった反動やトラウマもあるのでしょう、
    いつしか俺の夢は「温かい家庭を作ること」になって行きました。
    父とは正反対の男になることでそれは実現できるものと信じていました。

    当時はこの言葉はありませんでしたが、俺は人よりだいぶ早目に「婚活」を始めました。
    もちろんこの時点でまだこどもなので、ここで言う婚活とは、
    将来の結婚に向けて経験と自分磨きを重ねる、と言う意味です。

    高校生の頃は失敗しました。
    紳士的であろうとするあまり、今で言う所の「中二病」と周囲からは扱われていました。
    紳士と言う言葉を履き違えていた面がありました。

    大学生活のある頃です。
    先輩に話があると呼ばれたファミレスで説教をされることになります。

    言われて見れば納得の話でした。
    その頃の俺の口から出る言葉の大半は、温かい家庭を築く、とにかく早く結婚をしたいんだ、
    と俺にしてみれば将来の夢の話をしていたつもりが
    他人から見れば「大学に嫁探しにきた男」のように見えたと言います。





    1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/01/25(月) 14:33:53.831 ID:o/6EnJLFa
    俺「22歳になるまで待って欲しい、それまでに稼ぎを作って自立する」
    父親「遅すぎ20には出ていけ」

    俺「大学行って欲しいんだろ?新卒として22だから同じ。
    もし稼ぎが出来なくても迷惑はかけない」
    父親「じゃあ小遣い無しで」
    ワイ「いやいや学校か家で勉強するかの違い。なんでそうなる、
    それに姉はバイトしてても小遣い貰ってたし」
    父親「それは必要だからだろ...」

    俺の父親は何が言いたいんだ...
    もうこれで今日学校休んだよ...





    377: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/02/05(木) 15:54:53.68 ID:BXRp5B+H.net
    上のレスと同じで
    俺も昔ガキの頃にあったわ 
    親父が「誰のお陰で飯が食えると思ってんだ!」とか言われ 
    「お母さん」と答えたら逆上し 
    その光景を見たおかんが激昂し 
    めっちゃ喧嘩し出したので逃げた 
    後でこっそり覗いてみたらおかんが 
    「もう美味しい揚げ天買って来たらへん!」「仕事の服もクリーニング出したらへんから!」「頼まれた釣りの本も買って来といたらへんもんね!」「離婚や離婚!離婚したる!」 
    (「~たらへん!」とは「~てあげない!」の意) 
    とか言ってて親父が必タヒで謝ってた





    88: 名無しさん@HOME 2021/01/31(日) 12:47:00.45 0
    うちの子がカードゲームにハマってて
    月に2回コンビニで150円のカード買ってるって話したら
    「そのカードを買ってくれってことか?」って言われた

    なんか腹たったけどもしかして無意識に
    普段からそういうおねだりしてたのかしら





    12: おさかなくわえた名無しさん 2018/10/02(火) 10:55:56.89 ID:W0EGz1pN.net
    父親が脳溢血で倒れて入院していた時のこと。 
    朝から晩まで母親が病院に通い詰めており、当時何から何まで全てやってもらって当然だった
    高校生の自分はせめて何かしなければと思い料理の本を見ながら食事は自分が作ることにした。 

    ところが何を作っても母は「こんなもの食べたくない」、「もっとあっさりしたのが食べたいのに!」と 
    睨みつけながら自分で作ったり、私の目の前で流しに捨てたりして一口も食べてくれなかった。 
    本に忠実に作っていたし兄は美味しいと言って食べてくれていたのでメシマズではなかったと思う。 
    何が悪いのかも分からずに怒鳴られながら作ったものを捨てられるのが嫌になって1か月ほどで 
    料理するのをやめた。 
    それから10年ちょっと、法事の席で母親が「夫が入院していた時に娘が毎日ご飯を作ってくれた。 
    美味しかったし本当に助かった」と親せきに話していたのが衝撃だった。 
    本人の目の前でよくそんな嘘つけるなあ…

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