702 :鬼女日記2016/03/30(水) 19:48:14ID:Gvv
    両親の離婚が成立して、母が飛行機の距離の地元へ旅立った。
    私達子供はもう成人しているので、あーついにモラ八ラ父を捨てたかという感慨があるのみ。
    その後約一カ月が立ち、どうもモラ八ラ父がやっと
    「自分が元妻にも子にも嫌われている」ということに気づいたらしい。
    やたらメールや電話してくる。全部無視だが。

    モラ八ラ主って支配するのが楽しくて、自分が好かれてるか嫌われてるかなんて興味がないと思ってたんだが
    モラ八ラ父、どうも傷ついてるらしい。
    意味がわからない。なんで好かれると思えるんだろう?
    私はずっと無視しているが、弟が一回誘惑に負けて電話を取り、父が「もしもし」と言った瞬間
    尻に電話をあてて屁をかましてやったらしい。
    「涙声で怒ってやがってワロタww」
    と言った弟の声もちょっと涙声だった。
    やられたことの万分の一にも満たないけど、ちょっとだけスカっとした。




    840:名無しさん@おーぷん2016/03/23(水)16:34:25 ID:mNl
    私が1才の頃に両親離婚、それ以来父親には会ったことがなかった
    父方の祖父が亡くなり、遺言で私に遺産相続があったので、相続会議のために
    両親離婚後初めて父方実家に行き、そこで父一族に会ってきた
    ほぼ初対面に近い父も「大きくなったなー」と優しくしてくれた

    びっくりしたのが父の妹が私にそっくりだったこと
    叔母も「私の若い頃と同じ顔だわ」と驚いて若い頃の写真を見せてもらったけど本当にそのまんま
    私は父似だと聞いていて、父と叔母は兄妹だから似ていて当然なので
    結果的に私と叔母が似ていても不思議ではないが、それにしても生き写しみたいだった





    868 :鬼女日記2015/10/10(土) 09:57:16ID:VNH
    20数年前の話だけど…。
    私が小学2年生の頃に父に癌が見つかってね。
    年齢的に進行が早くて気付いた時にはもういろんなとこに転移しちゃっててどうしようもなくなってたみたい。
    だから両親が話し合って私達姉妹に本当の事を全て伝えて、その上で「その日が来るまでにたくさん思い出を作ろうね。」って決めたんだ。
    旅行やキャンプなんかして思い出作りをしてたんだけどまぁ順調に癌は進行していってさ。とうとう倒れちゃって病院に緊急入院。
    ありがたい事に両親は子供の私達に包み隠さず父の病状や今後なにが起こるかを伝えてくれてたから子供ながらに父のタヒに対して覚悟はしてた。
    そんな私達の姿を不憫に思ったのかな?
    看護師見習い?看護実習生?みたいな若そうな人が「大丈夫!お父さんはきっと良くなるからね!元気になるからね!」って言葉をかけてくれたんだ。
    いくら覚悟してたって言ってもやっぱり父にはまだまだ生きててほしいし元気になってほしかった私達はその言葉をそのまま信じちゃってさ。
    さすがに今なら「励ます為にそう言ってくれたんだな。」ってわかるけどねw
    パパはタヒなない!パパは病気を治して退院する!って私達は言い張って父の病室にあまり行かなくなってしまった。
    だってどうせ治って家に帰ってくるんだから!って言って姉と家の掃除ばっかりしてたなw
    そんな私達は父が危篤状態になった時も母や先生や看護師さん達が「お父さんの最後だから見守ってあげて!」って言葉に抵抗してトイレに立て籠もって、父は結局母だけに看取られて亡くなった。
    私達はアホな行動のせいで父の最後を看取ってあげる事が出来なかったんだ。
    自分達が悪いのに、私達のぶつけようのない悲しさとかを例の看護師見習いの人に向けてしまってさ。
    「パパの病気治るって言ったじゃん!嘘つき!シネ!シネ!」って大暴 れ。
    その場は母が私達を宥めて帰ったけど後日先生とおばちゃん看護師さんが家に謝りに来てた。
    「無責任な事言ってごめんね。でもお父さんは最後まで頑張ったんだよ。それだけは覚えてて。」って言われてなんか落ち着いた気がする。
    葬儀やなんやかんやが落ち着いてから姉と「あの看護師見習いさんに謝りに行こう。」と決めて病院に行ったんだけどいなくなってた。
    実習が終わったからいないだけなのかもしれないけど今だに気になってる。
    あの人に「あなたに怒りをぶつけてすまなかった。」と謝りたかったなぁ。





    172:2015/03/02(月) 10:22:51.60 0
    7年前:父が定年&家を立替
    6年前:弟が結婚
    5年前:父がタヒ去
    昨年末:弟がタヒ去
    弟と二人兄弟で、父に亡くなる半月ほど前に母と弟と共に病室に呼ばれ、家と農地は(田舎の農家の習慣で)
    弟に、お金は母の今後は長いので母に相続させて欲しいと言われ承諾しその通りにしました。
    先週、亡くなった弟嫁の代理人の弁護士が母の元に来るから同席して欲しいと母に頼まれ行ってきました。
    弁護士が言うには、
    家は弟嫁が農地は弟の息子が相続する
    農地は現在のまま(実家近くの人に約10万円/年で貸している)
    家(宅地も)は、
    1.母(私も可)が買い取りそのまま住む
    2.弟嫁の知人の不動産業者に売却
    で、
    2-1.出て行く
    2-2.不動産業者から賃貸で借りそのまま住む(家賃は1で提示された金額の年一割)
    弟名義の家に母がタダで住む状態でしたが家や農地の固定資産税や火災保険は母が払っていました。
    また、家や預貯金の殆どが亡父名義でしたが母は専業で無く勤めていたので一部は母が買った家と
    言ってもおかしくないのにそれを買い戻したり家賃を払って住めなんて酷いと思います。
    夫はうちが買って母に住み続けてもらおうか言っていますが、今ある貯金は子供の進学のためにおいておきたいし・・・





    780: 名無しの心子知らず2013/01/11(金) 09:28:57.36 ID:YtyvZ9iw
    先日知人のご家族と食事をしたんだけど
    中学生の娘さんが、父親の事を毛嫌いして
    「コイツきもい」やら「パパなんかいらない」やらの連発。
    父親がちょっと何か言うたびに「タヒね」と言う。
    父親は苦笑いして我慢してる感じだったけど
    母親は注意もせずに笑ってるだけ。
    母親が知人なので、後から電話で「あなたが注意したら?
    他人の前で旦那さん可哀想だったよ」と言っても
    良いのよ~家の子は素直なのw今はそんな時期なのよ~と。
    お受験して私立中に行かせて、勉強は出来るかもしれないけど
    あれじゃどうしようも無いわ。
    浮気したとか、そんな事全くない旦那さんで
    真面目一筋に、子供の為に頑張ってるのに
    本当に旦那さんが気の毒。





    178 :鬼女日記2018/02/03(土) 11:51:11ID:SU7
    俺は三人兄弟で、兄姉俺の順。兄姉は既婚。
    二人とも結婚を機に配偶者の姓に変えている。
    理由は実家の姓が珍姓だから。
    ズバリは書けないが「鼻毛さん」並みの珍姓だ(※鼻毛は本当にある苗字)。
    もちろんずっとからかわれてきた。渾名も姓をもじった物。
    仮に鼻毛姓だとしたら、
    中1時の渾名→鼻毛ボーボー
    中2時の渾名→はなくそ
    といった感じだ。
    兄も姉もためらいなく姓を変え、鈴木とか田中系の平凡な名になった。
    ちなみに兄弟全員下の名は普通だ。
    鼻毛浩司→鈴木浩司
    鼻毛由実→田中由実
    といった感じに変化し、誰も笑わない名になった。

    問題は俺である。
    親父が「お前くらい苗字を残してくれないか」と言う。
    鼻毛(仮)姓を好いていない母は俺の味方をしてくれるが、父が再三言ってくる。
    親父自身はこの姓で苦労したことがないのか?と訊くとモゴモゴするが、
    少し経つとまた「お前だけでも…」と言ってくる。
    この姓ははっきり言って合コン冒頭の一発ギャグになる以外の利点はなく、笑いをとった後はむしろマイナスだ。
    好きこのんで鼻毛(仮)姓になりたがる女の子はいまい。
    同級生に「権瓶(ごんべい)」という姓の女子がいたが、彼女の父も結婚に苦労したそうだ。
    うちの両親も結婚にあたって母はかなり悩んだという。
    彼女を作る時点でかなりのハンデになっているこの姓を
    「残してくれ」と頼む父がスレタイ。





    476 :鬼女日記2015/08/08(土) 00:51:19ID:hlk
    小学生のときに両親が離婚した。
    親戚巻き込む熾烈な親権争いをしたが、父親が号泣土下座した結果、
    姉妹(姉小5、妹小3)一人ずつ引き取られることに。
    父親に引き取られた姉は最初は楽しかったらしい。
    土日ごとに遊園地とか水族館とかあちこち楽しい場所に連れていってもらったんだって。

    一月もしないうちに姉は徐々に家事をやらされるようになって、
    「姉はお母さんの代わりなんだからな、頑張るんだぞ」
    と次第に家事の全てを任せられるように。
    でも姉はまだ小学生だから上手くできなくて…
    ゴミを家の中に巻き散らかしてしまって号泣してるところに父親帰宅。
    泣いてる姉に「何してるんだ!早く片付けなさい」と怒鳴り、また出かけたらしい。

    びっくりして泣き止んだ姉はすぐに母親に電話。
    そのとき私が出たんだけど「姉ちゃん?ヒャーッ姉ちゃーん!!ママー姉ちゃーん!」
    と久しぶりの姉の声にテンション上がってたら電話口の姉が号泣。
    姉「妹ぢゃああん!がえりだぃよおお」
    私「なした!?ママ!姉ちゃん泣いてる!」
    母「姉?どうしたの?お父さんは?」
    姉「おおおぉうん」

    泣くだけで会話にならないので、私に姉との電話を任せ、
    母がタクシー2時間かけて迎えにいった。
    私は姉を電話で慰めてたんだけど、もらい泣きで号泣。
    「姉ぢゃああん大好きだよおおタヒないでええ」と号泣。
    姉も「ありがどうわだじもだいずぎだよおお」と号泣。
    母は無事すすり泣く姉を確保し、我が家に帰宅。





    309 :名無しさん@おーぷん2017/03/10(金) 11:03:22ID:mcG
    兄が「娘が年頃になって父を嫌うようになった。ATM扱いだ。養育費も学費も出してやらん」
    とぼやいていると知った。
    兄の中ではいわれもなく父親を汚い臭いと嫌う、テンプレみたいなワガママ娘が浮かんでるみたい。
    そうじゃなくて今までやったことの積み重ねで嫌われてるだけなんだけど
    都合の悪いことは全部頭からすっぽ抜けちゃってる。

    今までの積み重ねは、
    ・娘のものを勝手に捨てる。ドリルなど学用品も含む。なぜ捨てたのか聞くと「いらないと思った」
    ・娘の部屋を定期的に家捜しする
    ・娘のパソツをかぶったり、「生理日はいつだ」などとしつこく聞いてふざける
    ・娘が友達から借りた物を汚し、隠そうとして捨てた
    ・娘の貯金箱からお金を抜いた
    ・ペットの猫をいじめ、勝手に捨てた

    兄夫婦は離婚済み。
    離婚理由はこれらとはまた別の事だけど
    兄嫁が兄にやられたことは関係なく、上記の理由などで姪本人も兄を避けている。
    父が兄に対して怒っても、母が兄にデロデロに甘いからいつまで経っても反省しない。
    学費については兄が拒否るなら
    父が出す方向になりそうだけど、なんだかなー。





    304 :名無しさん@おーぷん2015/02/24(火) 12:21:20ID:EMT
    昨日旦那の前で初めて泣いた。
    私の実父の存在を知らない。写真も見せてもらったけれど20代の頃の写真。
    どうやら父は母に暴 力を振るっていたらしく、私がまだ1歳の頃に離婚。
    母は職場で出会ったアメリカ人と再婚。以後義父です。
    義父は私を本当によくかわいがってくれた。義父と母の間に生まれた異父妹と優劣つけずに分け隔てなく接してくれていた。
    父は私が成人したときにネックレスをプレゼントしてくれた。(異父妹も成人したときに受け取っている)
    もう嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
    義父は私が旦那と結婚して3年目ぐらいに亡くなった。このとき私は30歳。
    もう落ち込みすぎてその日一日だけだが、家事が手につかず旦那に変わってもらったんだけど、
    ものすごく文句を吐かれ、ガキじゃないんだから身内がタヒんだくらいで家事をおろそかにするなと叱られた。
    さすがに酷かったかなと旦那に謝罪。
    それから間もなくして貰ったネックレスが壊れてしまった。
    旦那はいらないもの、使えなくなったもの、壊れたものは即捨てろというタイプで、
    私も概ね同意していたけれど、このネックレスだけは別だった。
    旦那は「壊れたものをいつまでも持っている心理がわからない。義父さんとの思い出はそのネックレスだけじゃないだろ!
    いくつも思い出がある中の1つを捨てたって問題ないじゃないか。他にもあるんだし。」と意地でも捨てさせようとしてくる。
    私は「逆にあなたは何故このネックレスを意地でも捨てさせたいの?あなたの『いらない物を捨てる主義』で説明できるレベルを超えてるよね?」
    と話すと、「俺がお前に何もプレゼントしない事の当てつけじゃないか!」とキレてネックレスを奪い取りトイレに流してしまった。
    ここで私は号泣。旦那の前で初めて泣いた。





    870 :名無しさん@おーぷん2014/10/04(土) 19:53:36ID:ms3EUtg1w
    家族の修羅場。
    私の父はある自動車メーカーの工場に勤めていた。
    私がまだ小2の頃、父に肩車されて出掛け
    街中を走る車を見てはお父ちゃんが作ってる車だとはしゃいでいた。

    ある日、帰宅した父の様子がおかしかった。
    小さかったけどはっきり覚えてる。
    父は本当に子煩悩な人で、帰宅すると私や妹を追いかけ回しては
    頬ずりしまくる人だったのに
    その日はいつもより遅くに帰ってきて玄関に入るなりへたりこんだ。
    私と妹は母に言われて自分たちの部屋に行かされ
    その日はいつものような団らんはなかった。
    翌朝、父の顔は別人みたいだった。
    何があったんだろうと気になったけど、父も母も何も教えてくれなかった。
    心配で心配で授業どころじゃなくて、学校が終わると走って帰った。
    家に帰ると、父はいなかった。
    母に聞くと会社に行ったと答えたけど、母も心配してる様子だった。
    「お父ちゃんどうしたの?」って聞いてもやっぱり教えてくれなかった。
    その日も帰宅した父の様子はおかしかった。
    その日だけじゃなくて、それからしばらく父は何か食べてもすぐ戻してしまうし
    夜中に突然大声をあげて暴 れたりするし、
    どうなっちゃうんだろうって怖かった。
    そんな日が何日も続いて、父は会社を辞めて母の故郷に家族で引っ越した。
    母方の祖父の伝手で農協でアルバイトをしながら
    母の実家の農業を手伝うことになった。
    まるっきり正反対の仕事だったけど、父には意外と合っていたようで
    何年かあとには正社員になり、そのまま田舎で一生を終えた。

    父に何があったのか知ったのは中学の時。
    勤務先の工場で、父の目の前で同僚がプレスされたらしい。

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