因果応報





    140: 名無しさん@HOME 2011/07/28 10:13:32
    病気がちだったトメを、「私もお姑さんいるしね~、旦那が良い顔しないから…。」 
    と、私たち夫婦に丸投げしてきたコトメ。 
    3年前にトメは亡くなり、いろいろ落ち着いてきた最近、コトメのトメが 
    強烈にボケ始めた。



    565 :名無しさん@HOME2016/08/24(水) 16:34:35O.net
    私達の結婚に反対してくれたコトメが破談になった
    破談の理由は、先方の姉妹が大反対したからだってさw

    ごめんなさいって謝ってきたけど許すわけないでしょw
    お前が散々暴れたから、結婚式挙げられなかったんだから
    お前が散々暴れたから、私父のコネで内定が決まっていたコウト君は泣く泣く辞退したんだよ

    因果応報ってあるんだね、ざまぁみろ!





    480 :愛とタヒの名無しさん 2011/05/01(日) 13:19:41
    昔あった不孝な結婚式 

    新婦が阪神大震災の被災者で、親兄弟親戚と同級生のほとんどを亡くしていた 
    だから式に呼べる人間が少なくて、普通の式は挙げたくないと言っていた 
    だけど新郎側のごり押しで派手な披露宴が強行された 
    出席者の9割以上が新郎関係者で、新婦の招待客は会社の上司と同僚、 
    友人数名にたった一人生き残った小学生の従妹とその養父母だけ 
    そのせいで新郎側の出席者は新婦=友達いない変人だの、 
    親に反対されて出席拒否されただの、 
    実はバツイチで従妹と言ってるのは隠し子だのと噂されるはめになった 
    式中に新婦の過去話が出ると、今度は孤児だの親なし子だと言われ、 
    新婦と新婦側の人間には何とも不愉快な式となった 
    この式の事が尾を引いて、新郎新婦は2年足らずで離婚した 
    別れたとき新郎の親と友人は、親なし子は捻くれてるから別れて良かったと新婦を笑いものにしたそうだ 

    そして月日は流れて現在 
    再婚した新郎は今回の震災で妻子と親兄弟と親戚、友達も亡くした 
    新婦は同じ震災経験者と再婚して、子供達と幸せに暮らしている 
    被災した人たちにうらみは無いけど新郎だけはいい気味だと、 
    当時子供だった私は笑ってる





    570:名無しさん@HOME2013/09/22(日) 18:12:39.10
    八年前私達が結婚式した時に、私側の出席者に私の幼馴染(男20代)がいました。
    その当時二十代半ばでしたが、三浪して医大生でした。
    その幼馴染がコトメに一目ぼれした。その当時のコトメは綺麗だったんだよ。
    三十だったけど出るとこ出てて、でも清楚系だったんだ。結婚式でも目立っていた。
    二十代はモテモテで選び放題だったらしく、おずおずと私が幼馴染の写真を見せて
    「医大生だし将来性があるのでどうかな?友達からでもいいって言ってます。」と言ったら
    「はあ?医大生なんてまだ医者じゃないじゃん。しかも地方の私立じゃん。 

    見た目も普通以下だし。キョーミ無いわ。断っておいて。」 
    しょうがなく幼馴染には「彼がいるって。」とあながちウソでもないのでそう断った。 
    その幼馴染も医者になって地元に戻って来て、総合病院で一生懸命に働いている。 
    同じ大学の同級生(女医)と結婚して共働きしている。結婚式に呼ばれたけど医者ばっかりだった。 

    最近ウトの調子が悪くて近くの開業医にかかったら、大きい病院にかかった方がいいと 
    紹介状が出た。その診察科が幼馴染の専門だったので、連絡して相談したら 
    幼馴染の診察の日に来るように言われた。その日旦那は休めずにコトメが付添で行ってくれた。 
    診察のあった日に電話がコトメから来たので、あわてて出たらウトの病状なんかでなく 
    幼馴染と付き合ってもいい!ということでした。コトメはすでに三十八。いろいろ縁談もあったけど 
    二十代後半を最後によってくる男も縁談も下がる一方。昔を覚えているから適当な男と 
    結婚したくないといいすでに三十八。いまだに実家で会社員やっている。 
    ウトが定年になっても生活費も入れないでいるので、トメがぐちるけど無視しているみたい。 
    幼馴染は奥さんの趣味と激務で痩せて、今はハマカーンの最近結婚した方に似ている。 
    昔はぼさぼさ頭の小太りのお兄ちゃんだったけどね。八年前の話でで医者が残っているわけないわね。



    270 :名無しさん@おーぷん2015/05/30(土) 09:39:54ID:YPm
    旦那とコンビニを経営してた近所のボスママ。
    彼女から、バイトの女の子に嫌がらせをし、クビにした話を自慢されたことがある。
    仕事やミスの押し付け、1日3時間ほどサービス残業の強要等した挙げ句、ある日突然シフトを削除。
    理由は自分がバイトの男子高生とホテルから出てきたのを目撃されたから。
    くだらなすぎてドン引きだったけど、共感しないと逆ギレされかねないから適当に流した。

    数年後、コンビニはライバル店のオープンと立地が悪さで客が減ったせいか閉店。
    その後ボスママを見かけない時期があったけど、最近市役所で再会。
    骨と皮だけの体に化粧っ気の無いしわくちゃな顔で、40代後半なのに20歳位老けてた。
    鬱になって無職らしく、愚痴を聞かされた。





    1 :名無しさん@おーぷん
    大泣きしてる子供ベッドに放り投げて実家に帰りやがったんだが
    今日夜勤だぞ俺どうすんだよ
    上司に電話したら、守衛に子守してもらっても構わんぞとか言われたけどさすがに悪いし





    71:名無しさん@おーぷん2014/07/09(水)11:27:42ID:ufroqHqEj
    親戚に、二人いる子供の下の子だけを可愛がって
    上の子は虐待に近いかたちで放置していた一家がいる。
    我が子差別の理由は、下の子がいわゆる天才児だから。
    「下の子の能力が十分伸びるよう、お金も愛情も出来る限りかけてやりたい。
    でもうちは経済的に豊かじゃないから、上の子には我慢させるしかない」
    という理屈。

    豊かじゃないって、旅行や外食に行く金はあるのに?
    (その間、上の子は留守番)
    愛情って容量が決まってるもんじゃないだろ、子供二人とも愛せばいいだろ!
    と、周りがいくら言っても
    「うちの子が優秀だからって嫉妬するな」と意味不明の逆切れするだけで、埒があかない。

    上の子は、思春期ころに荒れたのをきっかけに、完全に親から捨てられ
    結局見かねた別の親戚が預かり、その後正式に養子になった。
    上の子は知的障/害を疑われてたんだけど
    親戚の家に行ってからは別人のように言葉が出るようになって、
    奇跡的な勢いで勉強の遅れを取り戻し、浪人はしたけど大学に行って
    今は結婚して幸せに暮らしてる。

    で、因果応報だなと思ったのが、親戚夫婦のその後。



    541:おさかなくわえた名無しさん2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:rlE0dDLS
    こちらのスレに誘導されましたので、よろしくお願いします。
    武勇伝と言うより勝手に自爆してくれた話ですが
    胸がスーッとしたのでこちらに投下させていただきます。(長くなります)

    高校生の時に両親が離婚して母の地元(人口40万程度の地方都市)に引っ越してきた。
    2年生の1学期の途中という実に中途半端な時期に女子高への転校。
    しっかりグループが出来ていた中にひとりで放り込まれた状態で、
    ハッキリ言って苛めはあった。

    初日に挨拶したときも先生に促されて席に向かうときも
    休み時間も帰宅の時も誰も声を掛けてもらえなかったのは別にいい。
    嫌だったのは、横目でチラチラ見てクスクスクスクス笑うこと。
    何が可笑しいのかさっぱり分からないけど、あきらかに嘲笑を含んだ笑い方で気持ちのいいものではなかった。





    482:名無しさん@おーぷん2016/11/28(月)09:33:21 ID:Cid


    旦那、ずっと前から腰が痛い腰が痛いって言ってて
    一度検査受けたら?って言い続けてた。


    湿布も鎮痛剤も効かないなら筋肉痛や神経痛じゃないだろと。
    元々女房が言うことなんて馬鹿にして聞かない人だったけど、私なりに心配してたのに「うるせえ!」って怒鳴られたり殴られたり。
    なのでもう黙ってた。
    先々週、夜中にのたうちまわってやっと病院へ。
    結果、手遅れの膀胱がんだって。膀胱だけに?
    女房としてはショック受ける話なんだろうが、ホッとしてる自分がいる。





    527 :名無しさん@おーぷん2015/03/03(火) 10:33:03ID:npX
    結果的に復讐を継続してできているんじゃないか、って進行形の話。
    よくある話だと思う。

    俺には8歳上の兄がいるんだが、幼い頃からひどく暴 力を受けていた。
    自分が親父に叱られた腹いせはもちろん、俺に関係ないことでも、何か気にくわないことがあったら動けなくなるまで殴られ、蹴られた。
    顔が青アザだらけで学校で心配されることもあった。
    俺はずっと、ひとつ屋根の下で暮らす兄に怯えて暮らしていた。
    「兄弟のこと」と軽く思われるかもしれないが、逃げ場もなく徹底的にボコボコにされる恐怖と憎しみを想像して欲しい。
    親父は、兄が武器を持って殴ってきた時だけ兄を叱りつけたが、それ以外は兄弟喧嘩として扱われた。
    父母に恨みはないが、高圧的で俺をサンドバッグ&パシリにしていた兄が大嫌いだった。

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