介護





    837:おさかなくわえた名無しさん2013/03/17(日) 17:36:55.59ID:zHMlcONs
    モヤモヤした気持ち吐き出す。スレチだったらごめん。
    俺の家、両親がいわゆるダメ親。
    顔は似てるのに、優等生で人にも好かれる兄と、頭も運動神経も悪くて人にも嫌われる
    ことが多い俺、という双子を、兄に冷たくして弟を溺愛して差をつける、みたいにして
    育てる親だった。虐待ってわけじゃないけど、俺が通知表がほとんど3とかで美術が5、
    兄は通知表がほとんど5で、美術だけ3とかとってたら、「こういう芸術ができる人間は
    何だってできるようになる。逆に芸術の理解がないのは人間として悲しい」って
    話すとか、全部そんな感じで育てられてた。
    クリスマスプレゼントで、俺のリクエストばっかりとおって、兄はほしくもない俺がほしいものが
    用意されているのが毎年だったし。二言目は「おにいちゃんだから我慢しなさい」だし。
    でもさ、こういうのって甘やかされる方もきついわけじゃん。

    運動会で一緒に弁当食べてるのに、俺の方ばっかりちやほやして、兄はポツンとかも
    同級生に見られてるわけだし。それが原因でからまれたりもするし。
    でも注意したって、「そんなことしてない」って開きなおるばかりで改善なんてしない。
    だから親のことは正直好きなんかじゃないし、兄とも小学校中学年ぐらいから距離置いてた。
    逆に兄はできたやつだから、くったくなく俺のミスのフォローとかして、余計周囲には
    好かれるし親は「こざかしい」とかで嫌うし俺はみじめだし、みたいなゆがんだ感じだった。
    大学で別れて、親とも離れて、ようやく自由になったって思ったよ。
    そんで就職もその場所でして、実家にもあんまり帰らずにいて、お互い結婚して
    今俺たち30代後半になって、というのが前提。





    203 :名無しさん@おーぷん 2017/02/20(月) 19:58:01 ID:tTY
    旦那の母親を長年介護した。超がつく善人で他人の為になる事はしても自身がして欲しい事は主張しない控えめな人だった。
    アルツハイマーが判明して、右脚がうまく動かなくなった義母の唯一のお願いが、施設には入りたくないというもの。
    私もお世話になったし、旦那の土下座する勢いでたのみこんできたので、仕事を辞めて介護に尽くした。
    そんな義母が昨年他界。翌月に私の母が倒れた。
    入院して退院した後はしばらく元気だったんだけど、母も義母のようにボケはじめた。
    私は母を介護したいと旦那に申し出たんだけど、激怒されてしまった。ちなみに母は施設は嫌がってる。父はいません。
    私と義母のようにお世話になったとか助けられたというのは旦那と母の間にはありません。
    旦那の言い分は
    「やっと辛気臭い介護老人が逝ったんだ。延長戦は嫌だ。母さん(義母)は血の繋がりがあるが、お前の母は他人。ボケてるとはいえ、まだ理忄生はあるんだから気疲れする」だった。
    延長線って。介護をしたのは私。恩義があって介護を受け入れたけどさ、あんたもあんなに頼み込んできたじゃないか。
    多少親しいとはいえ、こっちだって気疲れしたよ。
    なのに私の母の事はダメなの!?義母の時と同様で介護するのは私。
    しかも自分(旦那)の親をバカしているような感じもした。余計に腹正しい。





    849:名無しさん@HOME2005/07/25(月) 17:02:36

    小姑に、義両親の介護を○投げされそうな
    家族会議の時、
    「介護って何するんですか〜」と

    あえて聞き返してみた次男の嫁子です。

    その後の家族会議でもまだ小姑が
    遺産欲しさに、親の施設へのお世話を拒み、
    私に押し付けようとする発言が続きました。

    小姑はいったん頭で考えた自分勝手、自己都合優先な計画は、
    その意見が通るまで突き通そうとするタイプで、
    その間はまったく人の意見をきかず
    何を言っても、「でも、でも」と言葉を跳ね返す人なんで、兄弟ともどもお手上げ寸前でした。
    かといって、私が介護なんて引き受けるつもりもない、
    その会議をまとめる人もいなく、しつこく小姑がくい下がってくるので、私は暴走しました。

    私「うちは今、介護の事で話し合える余裕はないんです。離婚するかもしれないので・・・。」
    夫「えっ?・・・」
    義兄弟 「・・・」
    小姑 「・・・(引きつる)」
     
    もちろんそんな話は、まったくなく旦那の顔色は変わっていましたが、
    やっと小姑を黙らせてやりました。
    このまま離婚問題を抱えていると突き通すつもりです。





    598 :2017/05/31(水) 21:42:08ID:IpJ
    もう5年ぐらい前になるが、姉が離婚した時の話が凄かった。
    姉夫婦は小梨で原因は義兄にあったらしいが
    義父さんからは姉ばかりが石女扱いされて苛められたらしい。
    そんな時、義母さんがずいぶん姉を庇ってくれたらしくて
    味方がいることでどうにか耐えられたと言っていた。
    その義父が交通事故で亡くなり、義母さんと3人で暮らすようになってからは
    少しは安穏な生活になったようだった。
    が、3年ぐらいしかそれももたず、義母さんが自転車で転んで腰を圧迫骨折して
    3カ月ぐらい入院したあと自宅に戻ってきたが、ほぼ車椅子状態。
    姉は義母さんにはいつも助けてもらったからと仕事やめて専業になった。
    最初のうちは伝い歩きぐらいは出来てたそうだけど
    段々と足も弱ってきて、徐々に厳しい介護になってきたみたいだ。
    そんなふうに姉が義母さんの介護をしてる間、夫である義兄は職場の女と不倫していた。
    何年か経って、姉も義兄の浮気に気付き失望したらしい。
    そりゃそうだ。自分の母親の介護をしてもらっておきながら外の女と浮気かよって
    男の俺でもそりゃむかつくわ。
    その頃に一度だけ姉から話を聞かされたことがあった。
    俺は義母さんなんかほっといて離婚しろよって簡単に言っちまったが
    姉は義母さんには恩があるって言って、離婚は今はしないって言ってた。
    だからいつになるか分からないけど、見送ってから離婚するんだろうなと思ってた。
    で結局何年か経って義母さんも亡くなったわけだが、
    亡くなる少し前に姉に封筒を渡したらしい。
    結構分厚い定形外の封筒で、自分がタヒんだら開けなさいって言ったそうだ。





    125 :2017/10/10(火) 14:32:34ID:lrG
    義父を5年間介護して最後は施設で看取ったんだけど
    義姉は海外を飛び回るような仕事をしてて実家には正月くらいしか戻らない人だったから
    介護はほとんど手伝ってもらえなかった
    でも介護費用を全額負担してくれたし
    自宅で看てた時もお金なら心配しなくていいからヘルパーでも家政婦でもじゃんじゃん雇ってねと言ってくれた
    たまにお見舞いに来た時は必ず私に「いつもお父さんがお世話になっています。ありがとう」ってきちんと頭を下げて
    介護費用とは別にびっくりするくらいの額のお金を「家計に入れないでね、お小遣いにして好きなことに使ってね」とこっそり渡してくれた
    義父のお葬式の時も親戚のいる前で手をついてあらためてお礼の言葉をくれた
    口の悪い親戚が「家に帰りたかっただろうに施設でタヒなせてかわいそう」と嫌味を言っていたから
    あえて言ってくれたのだと思う
    義父の遺産は「世話をした人や家業を継ぐ人がもらうのが当たり前」と言って放棄してくれて
    おかげで家や仕事場を処分しなくて済んだ
    葬儀やお墓の費用もほとんど出してくれた
    家業と並行しての介護は正直大変だったけど身近な親族がここまでしてくれたから
    気持ちの持ちようが全然違った
    義姉は今でもたまに遊びに来て子どもたちを可愛がってくれて
    私のつくる普通のごはんをうまいうまいと食べていく
    へそくりにしなよと相変わらず私にまでこっそりお小遣いをくれる
    ある世界で成功している人だけど
    成功したから太っ腹とかいうわけじゃなくてこういう人だから成功できたんだろうな





    191 :2016/12/07(水) 13:24:56ID:wyc
    人のタヒ臭がわかると気づいたこと。
    リアルで言ったら厨二過ぎて絶対言えない。
    時々人混みとかを歩いていたりすると感じるなんとも言えない臭いがあって、ずっとなんだろうなって思っていた。こう、変に甘いというかなんというか、表現できない臭い。
    社会人になって介護の仕事についたのだが、末期ガンで余命宣告されたお婆さんからある日その臭いがした。
    あっこの臭いだ! と思ったら、その四日後に亡くなった。
    多分病気の臭いというか、タヒの臭いだったんだと思う。
    似たようなケースをそのあと2回ほど経験して、
    これはタヒ臭なんだなって確信するようになった。
    他の職員はわからないらしい。
    これがもともとの素質なのかなんなのかもわからない。





    417 :名無しさん@おーぷん
    特養で介護の仕事をしてるんだけど
    以前そこに、重度の認知症で意思の疎通ができないAさんという女性.入所者がいた
    高齢で体の衰えも激しいことから、ほとんど寝たきりで
    起きてる時もただ車椅子に乗ってじーっとしてた。

    あの東北大震災が起きた時、うちは首都圏なので大きな被害はなかったけど
    入所者や職員も皆、結構動揺した。でも、Aさんは相変わらず無表情でじーっと固まってた。
    ところが、テレビに津波や被災者の様子が映ったとたん
    突然Aさんの能面のような顔が変わって
    テレビに向かって手を伸ばしながら、うーうーと何か叫び出した
    そんで、泣きだした。
    よくよく聞いたら、「助けなきゃ、助けなきゃ」と言っていた。

    Aさんはもう何も考えられないと思っていたのに
    そうじゃなかったのか、しかも他人を心配する気持ちがちゃんと残っていたのか
    なんか人間ってすごいと、衝撃を受けた体験だった





    511 :名無しさん@HOME2006/06/14(水) 14:44:50
    トメに、
    『私が倒れたら息子(主人)や娘(コトメ)にオムツをかえられるなんて嫌だから、
    あなたお願いね。』
    と言われ、
    『イヤ。』
    の一言を言ってガチャ切り。

    前々からトメは自分のわがまま要求を私に話してきていて、
    そのたまったストレスから、こんな切りかたをしました。

    その後主人に『嫁が嫁がーーー』
    とヒステリックな電話をしてきたらしく、
    電話の内容を聞いた後で、
    今まであった事、言われた事を伝えたら、
    なんだか絶縁できそうなかんじになった。

    昔は中卒が普通だったから、孫も中学まででいい、
    私の面倒にお金使ってとかホントすごかったのです。

    トメの声を聞かない毎日、いらないものが送られてこない毎日は気分が良いです。





    504 :名無しさん@おーぷん
    去年のGWが終わってすぐ夫の母親がタヒんだ。
    非常に依存心の強い人で、あれして、これして、かまってくれくれで
    最後の5年の介護は悲惨なものだった。小泉さんの医療改革がなければ、
    病院から出てくることもなかったと思うが、両足骨折でマダラボケの状態で
    病院を出され、施設も順番待ちで入れず、本当に苦しかった。
    タヒんだときあまりにうれしくて号泣してしまった。
    周りの人間からはあんなに大変な介護だったのに、姑がタヒんでこんなに悲しんでくれるなんて
    なんていい嫁だといわれたけど、心の中では万歳三唱だったことは誰にも言えないと思う。





    282:おさかなくわえた名無しさん('ω')2014/10/24(金) 10:11:46.60ID:0TapYDjY
    【イイ加減ニ汁】うちは託児所じゃない119【玄関放置】
    http://peace.2ch.net/test/read.cgi/baby/1411481210/384

    384 名前:名無しの心子知らず@[sage] 投稿日:2014/10/24(金) 05:58:31.56 ID:TnMrAS7/
    ここでいいのかわからんが、新ジャンル「放置ジジイ」

    最後の晩餐でもないが自宅アパートに友人を招いたところ、
    この友人が知らない間に事故っており、車椅子でうちに来た
    1階なので実害はなく、楽しく昼食していたところ
    突然警察官にチャイムを鳴らされた
    この部屋の前に、車椅子のおじいさんが放置されていると通報があったそうで
    雨も降ってきたんだから虐待はやめて中に入れなさい、と言いに来たらしい
    しかし、警察官にだけ中を見てもらったのだが、
    私の部屋には座椅子とクッション一つずつに簡単な生活用品だけ
    とても介護なんてできる部屋ではないのを証明して、
    うちとは関係がないのをわかってくれた
    警察官が聞くとおじいさんは自宅の住所と電話番号を案外あっさり答え
    (思わず「先に聞けよ」と声に出したが)
    そっちに連絡を取ると、お怒りの様子のおばさんが乗り込んできた
    自宅でこのおじいさんを介護していたところ、
    顔は見えなかったが車椅子がこの部屋に入ったので
    ついでに介護させようと置いていったと供述
    「嫁には介護義務がないのに私に押しつけた夫が悪い」
    「一人も二人も同じなんだからアンタが介護しろ」とわめくので
    保護責任者云々で連行されていった
    警察官は、おそらく故意におじいさんをうちの前に残していったが、
    雨が降っていても気にせずドアを閉じ、友人はベランダから逃がして鍵を閉めた
    二時間ほどしてブレーキ音と舌打ちが聞こえ、やっと回収された模様

    私はその直後に、最後の荷物を新居に送り出してこの部屋を後にしたところ
    翌朝から部屋の前に車椅子ごとおじいさんが放置されるようになったと不動産屋から連絡があったが、
    敷金の返金が確認でき、携帯は解約したので、その後どうなったのかは知らない

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