いい話





    339 :鬼女日記2014/05/14(水) 12:16:17
    誰もいなそうだから勝手に書く。
    俺は再婚。嫁は初婚。

    俺の一回目の結婚は出来婚だった。
    二十歳そこそこの時に7つ年上の元同僚となんとなくで付き合ってるうちに出来ちゃってそのまま結婚。
    正直愛があったかと聞かれるとなかった。でも、子供をおろさせる気もなかったので責任とって結婚。
    元々ぷらぷらフリーターしてた身だったから、元嫁の親から同居を結婚の条件に出された。
    それから1、2年は穏やかに暮らしてたと思う。
    しばらくして、子供のためにとにかく金が欲しくて、でも所詮学歴も職歴もない俺は肉体労働するしか道がなかった。
    考えた末、近県の寮付き三交代の工場で二交代分働いた。
    昼と夜の仕事時間に働いて朝の時間帯に寝るって生活な。二人分だから底辺工場でも結構稼げたよ。
    寮費と工場に備え付けの食堂で食べる飯代以外は全部仕送りした。今考えるとよくやってたなと思う。
    そんな生活を一年続け、一年ぶりに家族に会いに家に帰った(帰省代をケチって帰ってなかった)。
    元嫁妊娠してた。





    524 :鬼女日記2016/01/09(土) 15:48:24ID:XuN
    一週間くらい前に何か旦那宛にDVDが届いてた。
    大人のビデオかな?って少し気になったけど、気が付かなかったふりして放置してた。
    そしたらおとといの夜中にリビングで物音がしたから、見てるな!ってびーんと来て、脅かしてやろうと思ってリビングに行くと、
    「家事に疲れた女性.ためのマッサージ」
    みたいな、肩こりとかのマッサージのための解説DVDでした…
    何だかすごく申し訳なかった…
    あと昨日マッサージはしてもらいましたが、すごく気持ちよかったです…





    922 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2017/03/25(土) 15:36:45.47ID:1vt8MRgl.net
    俺の修羅場書いてもいい?
    じゃ書く
    長いので小分け

    今となれば笑えるけど、当時はみんなそれぞれ悩んだ家族の修羅場

    産みの母は、俺を生んでタヒんだ。
    心臓周りの血管に元々持病があったらしい。だから、俺は産みの母を知らない。
    産みの母がタヒんで、俺を育てるのに必タヒだった親父をすぐに助けたのが、二つ下で父の幼なじみだった養母(以後母と)
    ちょうど、母にも子供(姉貴)がいて、丁度いいからと面倒を見てくれた。そっちの父とは離婚したそうだ。理由は知らん。教えてくれない。
    そこで色々あって、俺が3つの時に再婚、四人家族になった。まあ、父方の祖父母曰く、収まるところに収まったんじゃろ、とのこと。(別に産みの母を嫌っている訳では無い。むしろ褒めていた。)
    ところが、小4の時に、親父がタヒんだ。
    心臓だった。めちゃくちゃ朝早いはずの親父が朝起きて来なくて、そのまま冷たくなってた。
    俺も、姉貴も、タヒぬほど泣いた。

    両親の祖父母の手助けで生きていたが、中学2年の時に、母が再婚した。同じように嫁さんを病気で無くした、近くの大きな鉄工所のオーナーだった。親父と、そんなに年変わんないんだ。
    そこにも、弟と妹がいた。というか、姉貴→妹繋がりで知り合って、再婚、となった。

    ここでまず、俺の脳内修羅場発生。
    「血が繋がった人がいなくなった。」

    この修羅場が表に出たのが、俺の大学受験のとき。
    父の意向で高校、大学、院までぶっ続けで行ける技術系の学園にいたんだけど、ある日父に
    「お前、大学どうする?受験?エスカレーター?」
    って言われて
    「受験はしません。エスカレーターもしません。就職して、家を出ます。これ以上、迷惑はかけられません。俺は、あなた方と血が繋がってないんです」
    って返した。返してしまった。
    自分でも、やっちまったな、とは思ったわ。でも、しょうがないじゃん。技術系の大学の学費、私立たけーんだって。年間、基本で150行くんだぞ。追加で色々発生するし。で、弟妹もいるしな。
    無論、タヒんだ父母の保険金や、既に亡くなってる父方祖母の保険金やらで俺ひとりでも賄えない事は無い。盛大にお釣りが来る。でも、多分、親父はそれを使うことを許さない、そういう人だ。分かってたから、そう言った。家を出ますってね。ぶった斬るならここしかない、って。





    545 :鬼女日記2016/05/14(土) 13:51:11ID:FKK
    まだ結婚して間もない頃。

    毎年夏と年末年始に主人の実家に帰るのですが、(高速使って三時間の距離)ある年の年末、いつものように恒例のすき焼きを食べながら、お酒も入り、楽しくやっていました。

    私は普段家ではお酒はのみませんが、居酒屋とか飲み会等になると、普通に飲んでいたのですが、子供が産まれ、退職すると、そんな機会は減っていました。





    406 :鬼女日記2015/06/23(火) 11:41:54ID:oby

    私はいわゆる放置子だった。
    お父さんは気が付いたらいなくなってて、お母さんとふたりで暮らしていた。
    お母さんはだいたいいつもお酒臭くて、ときどき男の人を連れて帰ってきた。
    男の人が来ているときは、雨でも夜中でも外に出されてつらいけど、
    その後は、しばらくお母さんの機嫌が良くなるから助かってた。

    小学三年生の冬、お母さんに彼氏ができた。
    今までの男の人と違って、家に何回も出入りして、いる時間も長かった。
    外に出される時間が多くなって、とても困った。

    子供がいていい場所って案外ないんだよ。
    特に夜中だと、すぐに大人に声をかけられて
    「おうちは?おとなの人は一緒じゃないの?」
    って聞かれる。最悪保護されて家に連絡される。
    そうするとお母さんがとっても怒って三日くらい怖い。

    結局、公園のすべりだいの中が夜中の居場所になった。
    風がよけれて、人目につかなくて、トイレもある。
    家を出されるときにちゃんと毛布と手袋を持っていくのがコツ。
    できたら、なにかお菓子やパンをもらって出ていく。
    ちょっとづつかじって食べると時間がつぶれて楽。





    554 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2014/09/18(木) 14:47:24ID:R6Z7TOPS.net
    俺にとってはすごく衝撃的だったんだが、スレチだったら申し訳ない
    乞食みたいに食べると噂の女性.出会った話

    当時コック目指して修行中
    高校から地元離れて料理の専門学校行ったり、海外に修行に行ったり、ひとところに落ち着くことが無かった
    一段落ついたとき、地元に戻って働くことになった
    地元の友達も久々に帰ってきた俺を歓迎してくれて、人脈が乏しくなってた俺に友達紹介してくれたり、彼女がいなかった俺に興味があるという女性.を引き合わせたりした
    その人は料理が趣味で、彼氏彼女にならなくてもいい友達になれるんじゃないかとのこと
    実際ちょっと込み入った料理の話ができる、いい話し相手だった
    多分結構いい雰囲気だったと思う
    周りからも早く付き合えよーと茶化されてた

    ある日Aが食に執着する人が職場にいるんだという話をした
    いつもご飯は一人で食べていて、食べ始めると話しかけづらい雰囲気になる
    食べている最中に声かけても食べるのに夢中で気づかないらしい
    まるで久々に食に有りつけた乞食のようだという
    料理の勉強をする過程で食に執着することについて学んだことがあったので、少し気になった
    Aに頼んでその人を紹介してもらった

    Aの家で俺が腕を奮うのでそこに呼んでもらった
    太っているのか、はたまた肌の荒れたガリガリか、不健康な人が現れると思ってたんだが、Aか連れてきた女性.、メガネかけて可愛く写ってる多部未華子にそっくりだった
    体型含め多部ちゃんそっくりなので普通に健康だってのは一見して解った

    俺が料理をしてる間にAと多部ちゃんの会話を聞いてると、多部ちゃんはほんわかした喋りをする
    アニメだったら周りにお花飛んでそうなふんわり感
    こんな子が乞食みたいに?と半信半疑で出来上がった料理を並べた

    食べ始めた多部ちゃんは目に見えて顔が変わった
    よく美味しそうに食べる人がいるというが、それの上級版みたいな表情
    美味しそう、なんてものではなく、あぁすごく美味しいんだなぁ、幸せなんだなぁと解る顔
    そして確かに一切喋らなくなって、集中して黙々と食べてるんだけど、作り手だからかもしれないが、あまりに美味しそうに食べるから話しかけてはいけないような気にさえなった
    食べ終わった後も幸せそうな顔





    487 :名無しさん@おーぷん2018/03/01(木) 01:34:27ID:sZM
    このような所に書くのは慣れていないのですが書かせて下さい。
    主人と私は結婚して今年で五年になります
    初めはぶつかり合い戸惑いはあったものの“寡黙で亭主関白な人”と言う認識で過ごしていました。
    事が起きたのは今年のバレンタイン。
    毎年の行事として今年も手作りのものを作ました。
    当日食後にそれを出して「今年もこの日を一緒に過ごせましたね」と伝えると、それを食べ終わった主人が一言

    「いつもありがとう。愛してるよ」

    普段そんな事を言うような人では無いので、少し思考停止した後主人を見ると、慣れない事を言った為か若干顔が赤い。
    “この人と結婚して本当に良かった。”と思ったら何故か涙が出てきて主人を驚かせてしまいました。
    「驚かせてしまってごめんなさい。こちらこそありがとうございます。私も貴方を愛しています」
    と、改めて返事を伝えてその後思い出話に華を咲かせながら夜を過ごしました。
    上記が私の経験した衝撃的な出来事です。
    スレチと言うものでしたら御免なさい。





    418 :なごみ2012/11/20(火) 09:32:20ID:P5cgPZZU0
    640 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします sage New! 2005/05/26(木) 21:42:58 ID:RcpMc1p00

    大学生のとき、一人暮らしのアパートを引っ越すことになった。
    友人数人と、電車45で分ぐらい離れた実家から姉が手伝いに来てくれたのだが、なぜか姉はデカイ荷物持参。「?」と思いつつ作業を開始し、昼飯時。
    コンビニや食べ物屋に行くのも大変な田舎のこと。しかし俺は見栄はって、 仕出屋に寿司の出前を頼んでおいた。友人らには大好評。
    夕方前には引越し終了。新居でひとまず落ち着いて、友人らも帰っていった。
    が、最後まで残っていた姉が、例のデカイ荷物をもったまま帰ろうとする。
    「引っ越し祝いか何かじゃないのか?」と問い詰めても言葉を濁すばかり。
    じれったくなってむりやり荷物を奪い中身を見ると――大量のオニギリだった。
    「引越しで台所も片付けてるし、みんなお昼に食べるものないだろうと思ったんだけど……。すごいお寿司とか出てきたから、出しにくくなっちゃった」
    恥ずかしそうに苦笑する姉。俺は泣きそうになった。
    もちろんそのオニギリは全部ひきとって、ラップにくるんで冷凍保存し、
    一週間かけて全部食べた。最高にうまいおにぎりだった。





    825:長文失礼します。03/06/17 19:57ID:9dwygzho

    今から数年前の話ですが、

    当時私は左足を骨折していたのですが
    どうしても電車に乗らないと行けない用事が出来てしまい
    夕方、仕事帰りの人達でごった返すラッシュ時の電車に乗りました。

    電車に乗ってすぐに、
    座っていた細身のサラリーマンが方も席を立って
    「僕はちょうど次の駅で降りるので、どうぞ席に座って下さい」
    と言って下さったので、私は一言お礼を言って
    そのサラリーマンの方の席に座らせて頂きました。

    次のホームで、そのサラリーマンの方は
    会釈をして降りて行きました。
    私は感謝の気持ちで会釈をして、
    自分の降りる駅(残り6駅、終点駅です)まで
    疲れを癒して座っていました。


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