修羅場





    141:1/42012/01/04(水) 00:30:57.43 0
    私の修羅場も心の病気の人によって引きおこされた。
    チョイ長いから苦手な人はスルーしとくれ。

    一年前ほどの修羅場。

    私…当時大学2年の女。喪女
    A男…隣に住んでいるチャラ男。私とは別の大学に通っていた
    B子…A男の彼女(?)。そのとき初めて見た

    当時私は実家から遠い大学に通うため、学生向けのアパートで一人暮らしをしていた。
    ドアから入ると右に部屋があって、その部屋にはアパートの通路側に格子がついてる窓がある。

    つまりアパートの通路から見ると、左から
    1のドア、1の部屋の窓、2のドア、2の部屋の窓、…
    という風なかんじ。

    格子つきの窓は、縁の部分?が出っ張ってて小物がちょこちょこ置けるようになっている。
    すりガラスだけど、ここに置いてある小物はうっすら見えた。
    私は写真立てとかで、A男はチョッ●ーのぬいぐるみを置いていた。

    ここまで前提。





    721:名無しさん@HOME投稿日:2013/09/30(月) 03:55:52.75

    非難されるの覚悟して書く
    震災時に避難所で妻が子供に粉ミルクをあげてたら、「私の子供にも分けてください」の声
    見ればその人は3歳ぐらいの幼児を連れていた
    家があれば別だろうが、震災直後はすぐにコンビニに行かない限り、水も食べ物もない
    特に赤ちゃんのミルクなんて貴重でまず手に入らない
    幸い家は津波にあったものの、家の中が水でかき回されるぐらいですんでいたから
    封の切っていない粉ミルクの缶やペットボトルは無事だった
    でも俺は断った、その時はどれくらいで国の支援物資が到着するかも不明、届いてもその量は限られるに決まってた
    子供にはこういうときこそ栄養を取ってほしいし、余りをほかの人に上げるくらいなら妻に飲んでほしかった
    それにその人にあげたら、幼児を抱えたほかの人にもあげなきゃいけなくなってしまう
    だが、その場の助け合いの同調圧力がひどくて、移動するまで針のむしろ
    その人は何度も来るわ、その度に周囲の視線がきつくなるわ、お節介なおばさんが「少しぐらい…」と横槍入れてくるわ
    こっちだって労働力がほしいっていうならいくらでも協力するよ、みんなの、ひいては俺の家族のためになるなら
    だけどこの食料って一方的な提供で、誰かが代りのものをくれるわけでもない
    余震の中、完全に水が引いていない家で命がけで見つけてきたものでもあるし、
    それを簡単に、「こういうときこそ云々」と人の物でいい事しようとする連中に囲まれたのが修羅場





    539:12007/05/24(木) 23:50:49ID:XnRxHbEy0
    姉は自分の浮気で婚約解消したんだが、それ以来何だか微妙にネジが飛んでる。
    もう何年もたってるしそろそろ…と思ってたがダメだった。
    そして俺の結婚式の時、酔っ払って飛び入りスピーチかましてくれた。

    最初は「結婚おめでとう」とか「奥さんを大事に…」とか普通の事を言ってたが
    段々涙声になっていきなり

    「その女より私の方がずっとキレイじゃない!
    なんでその人結婚できて私出来ないの不公平よ!」と叫びやがった…

    酔っ払って訳わかんなくなってたらしく、自分の事を話し始めたんだが
    「たった一回の過ちだったけどあなた私を許してくれなかった」
    「結婚してたって(相手の男が姉と別れた後結婚した)私思い出ひきずって生きてくしかない」
    とかなんとか…
    これは酒飲んだ時に姉がよく言ってる事だったので
    俺は「ああー姉ちゃんやっちまったよ、
    飲ませたの誰だよー誰か引きずり下ろせ!」とか思ってウンザリしたのと
    「何て言って謝ったらいいんだ!」という焦る気持ちとでオロオロ。

    ごめんね、という気持ちを込めて新婦を見たらまさに「愕然」という言葉がぴったりの顔。
    そして怒ったような怯えた様な何とも言えない顔でこっちを見た。
    ワンワン泣きながら母に抱えられる様に会場を出て行く姉が
    「その幸せが私の不幸と我慢の上に成り立ってるってちゃんとわかって欲しかったの!!」。

    そしてそれを見つつ、こっちを招待客全員が「うわぁ…」って顔で見てる。
    そこでやっと事情が飲み込めた。
    俺と姉が出来てると思われてる!!!!親戚すら汚いものでも見るような目でこっち見てる!!
    いやもうこれじゃあそれ以外の解釈をする人がいるなんてありえない。

    式はもうメチャクチャで静まり返る会場にやたらテンションの高い司会の声だけが響き、
    ヒソヒソとなにやら噂してる人が大勢…
    新婦はこぶしを作って歯を食いしばって震えてるし、話しかけようとしたら般若みたいな顔で睨まれた。
    お色直しで戻った時、新婦そのまま帰っちゃったよ…






    471名無しさん@HOME2009/10/21(水) 02:43:33 O
    投下してみます。

    義実家に遊びにいった時のこと。
    ウトメはとても良い人なんだがウトの兄がちょっと苦手だった。

    台所で1人作業してたら息かかるくらいの距離で後ろに立ってたり、
    お風呂入ってたら「俺ひげそり忘れてないかー?」とドア越しに聞いてきたり。
    でもそんなしょっちゅう会うわけでもないしスルーしてほっといてた。

    娘が産まれて一歳を過ぎた頃に義実家に行った所久しぶりにその人と会った。
    なぜかやたらと娘の世話をしたがる。でも若干苦手だったので大丈夫ですよーとスルーしといた。
    娘が寝てしまって、台所のすぐ近くの部屋に寝かせてトメさんとご飯の支度。
    寝てるとはいえ気になるのでちょっと部屋に見に行った。
    するっとふすまを開けるとなぜか例の人が。しかも娘起こしてる。しかもシャツめくってニタニタしてた。
    気付いたら体当たりして吹っ飛ばしてた。





    328:名無しさん@おーぷん2014/09/25(木)20:04:08ID:KAjUTOKKo
    叔父が亡くなった。
    以下親父から聞いた話が主な情報なんでところどころおかしいかも。

    叔父はまだ田舎で登校拒否なんて言葉がポピュラーじゃなかった頃の登校拒否児で
    「学校行きたくない?なんでだ」いじめられてるのか?体がつらいのか?と祖父母が聞くと
    叔父は暴れて祖母を殴ったり、家の中を壊したりしたらしい。
    そのうち「家庭内暴力」とか「金属バット杀殳人」なんてのが流行りだして
    テレビでそれを見た祖父母は「ああうちの子はこれか」と納得した。
    そして医者に「そっとしておけ」と言われ、言いつけどおりにそっとしておいたんだが
    暴力がエスカレートして「このままでは祖母がタヒんでしまう」と判断した祖父は離婚し、叔父をお寺へ預けた。
    しかし叔父はお寺を脱走し、祖母を追って祖母の実家へ行き
    「杀殳してやる」と言って祖母と、祖母の姪っ子を殴って実家に火をつけ逃走した。
    放火なので民事事件にならず叔父は服役し
    服役中に祖母は実家ごと引っ越した。
    祖母の行方は親父(叔父の兄)すら知らんそうだ。
    誰かが知ってたら脅されたら話してしまうかもしれんので祖父にも兄弟一同にも知らされなかったらしい。
    だから当然俺も知らない。父方祖母とは会ったこともない。

    叔父はかなり年寄になってから出所して、祖父がタヒんでからは地元の世話役みたいな人とか
    宗教の名簿に名前書くと世話してくれる怪しい人たちとかにやっかいになってた。
    親父が「うちに引き取っていいか」と寝言をぬかして母と姉に
    「めんどうみたきゃあんたが一人で叔父さんの家に行け」「離婚届書いてからいけ」と言われ速攻で謝っていた。
    叔父は新興宗教をいろいろ何股もしたみたいで
    最後は層化の人にまで「あんたは不義理すぎる」と見捨てられた。

    タヒぬ数日前、親父の携帯に何度もかけてきて「母さん(祖母のこと)に会いたい」
    「どこにいるのか知ってるんだろ、教えろ」「会いたい会いたい」と言ってたみたいだ。
    親父は最初は宥めてたが、だんだんムカついてきて
    「知るか。だいたいおまえのせいでおれたちまで母さんに会えなくなったんだぞ。おまえこそ母さん返せ。
    おまえだけの母さんじゃないのに、おまえのせいで兄弟全員会えなくなった。タヒね。おまえがタヒねば
    おれたちだけでも会えるかもしれないんだから早くタヒんでくれ」と怒鳴った。
    叔父はウギャアーとわけのわからないことを叫んでたらしい。
    それで親父が「どうせもうタヒんでるよ。生きてたって90歳近いし、おまえがボロボロにしたからもうタヒんでるよ」
    と言ったら電話が切れて、そこから音沙汰なくて、半年後くらいに叔父はタヒんだ。
    いわゆる孤独タヒだった。
    遺品整理とそうじに父が行ったら畳が腐って何かの虫の巣ができてたらしい。

    骨は結局祖父と同じ先祖代々の墓に入れた。
    「母さんと一緒になりたかったろうけど母さんがいやがるだろうからできないな」って親父が言ってた。
    それほどのことを叔父は祖母にしたんだろうなと思った。





    368:名無しさん@HOME2015/03/17(火) 13:36:36.60 0
    動物のしが関わる話なので苦手な人は読み飛ばして下さい。

    中1の頃、私と6歳下の弟を置いて母親が家出した。
    携帯にかけても出ない、頼れる親戚も無くゴミ屋敷の中3匹の犬と弟の世話をしていたけど、そのうちライフラインも全て止まり
    犬の餌も人の食べ物もほぼない状態だった。
    もうダメだと思い、先生に助けを求めたら児童相談所の人を呼んでくれて、保護して貰えた。
    犬の事も頼んだけど有耶無耶だったのか共食いの後に全員しんでしまっていたらしい。

    今でも犬達を思い出したり、私より長く保護されていた弟が、それが理由で何もかも上手く行かないと高校を中退し引きこもりになり、家の中で暴 れる度
    もっと良い解決法があったのかとやるせない気持ちになる。





    501::2014/09/29(月) 01:41:43.72 0.net ID:



    アパートの駐車場にバイク停めて振り返ったら
    白いワンピースに黒髪ロングの綺麗な女性.包丁振りあげてた真夏の深夜2時。
    あまりにもビックリしてしまって思わず「どちら様ですか?」と口から出てしまった。
    包丁振り上げたままの女性.「あなたの彼氏の妻です」って静かに答えたので二重にビックリ。
    結婚してたなんて聞いてなかったので心底ビックリした顔だったのだろう。彼女は包丁をおろしてくれた。
    その後バイクに彼女を乗せて移動。家に乗り込み、二人で彼氏(彼女の夫)を糾弾。
    糾弾と書いたけど、二人で静かに責めた。(彼女は包丁を持ったまま)

    書いてみたけどそこまでの修羅場じゃなかったな。ごめん。





    599:1/32011/02/14(月) 17:56:54 0
    私の義理の母(父の後妻)のDQ返し。すれ違いだったらごめん。

    父は実母と別れたあと後妻と再婚。
    一人っ子の当時園児だった私は父に引き取られたが、
    この後妻が意味も無く大嫌いで、同じく後妻が大嫌いな父方の祖母(同居)と
    手を組むようにしていびっていた。
    例えば、運動会にお弁当を作ってきてくれる→祖母がこっそりと虫のおもちゃを仕込む
    →ふたを開けてそれを見つける→私キレて弁当をグランドにぶちまける→
    後妻が意地悪をして虫の入った弁当を持ってきたと大泣き→
    近所のおばさんに同情され、お昼を分けてもらう…
    などをはじめ、かなり陰湿ないじめをしていたと思う。
    だけど夫婦仲はよく、後に後妻は妊娠した、
    すると今度は祖母が私に「父と後妻は子供が生まれたら(私)を追い出すに違いない
    それを回避するためにも後妻をタイミングよく階段から突き落とせ」と言い含めた。
    真に受けた私は何度か試みるもさすがに人を突き落とす行為がこわくて
    (家の階段ははしごに近いような急勾配&古い家なので1階の天井が高い&踊り場が無い)
    どうにも実行できずにいた。
    また、その頃友人の家に赤ちゃんができて、その小ささや柔らかくてかわいらしさに
    ノックアウトされ、こんな赤ちゃんがうちにも来るんだと思ってた事も大きい。
    すると祖母は私を呼び、「このままじゃおまえはここにいられなくなる。
    おばあちゃんの言う事を聞かない子はおばあちゃんも大嫌いだ、
    公園の人たち(ホームレス)のように、汚い格好でゴミをあさることになるよ」と脅された。





    506:名無しさん@HOME2015/10/19(月) 18:48:11.27 0.net
    姉はTVや雑誌に出るほどの清潔好き。
    「お掃除上手な美人ママ」で近所や友人でも評判だった。
    ある日顔版に「今日は息子の部屋をお掃除☆ すっきりキレイ☆」とあり、
    姪の部屋の工作や賞状がなくなっていた。
    片付けたんだろうと思って、普通に出勤。

    私の住む実家→歩いて2分(姉宅)→駅なので二日後の出勤途中に姉宅前を通った。
    そしたら泣きながらゴミ袋を持っている姪。
    話を聞くと「ママが私のものをまた全部捨てた。今までもテレビが来るたびに
    パパのものがなくなっていた。こんなのもういやだ」と。

    ゴミ袋の中を開けると、出るわ出るわ姪っ子の学校道具や義兄の洋服やネクタイ。
    姪っ子は泣きじゃくりながら「もう疲れたよ……」と。
    お前……ネロかよ……!と思ったのが第一の修羅場。





    627:名無しさん@HOME2014/02/01(土) 18:30:58.32 0
    流れ豚切りスマソ
    長文になるけど、俺の半生がほぼ修羅場だった話を聞いてほしい。

    まず物心ついた頃からすでに父親が居なかった。よくある両親の不倫の末の離婚というやつだ。(有責が父親)
    とはいえ離婚後母は実家に寄生してて、爺が居たので男親がいない事は俺的には問題なかった。(婆はすでに他界してた)
    だけど母は爺に俺を預け、夜よく出掛けてる事が多くて、その分寂しい想いはよくしていた。
    結論から言うと母親は夜な夜な遊びに出掛けていたらしい。付き合ってる男もいたみたいだし。
    で、ある日突然「この人と結婚するから」みたいな感じで男を連れて来た。

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