いい話





    492:1/52006/02/13(月) 05:50:13ID:Ksv7Zq5b
    俺には母親がいない。
    俺を産んですぐ事故でタヒんでしまったらしい。
    産まれたときから耳が聞こえなかった俺は
    物心ついた時にはもうすでに簡単な手話を使っていた。

    耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。
    普通の学校にはいけず、障害者用の学校で学童期を過ごしたわけだが、
    片親だったこともあってか、近所の子どもに馬鹿にされた。
    耳が聞こえないから何を言われたか覚えていない(というか知らない)が
    あの見下すような馬鹿にしたような顔は今も忘れられない。

    その時は、自分がなぜこんな目にあうのかわからなかったが、
    やがて障害者であるということがその理由だとわかると
    俺は塞ぎ込み、思春期の多くを家の中で過ごした。
    自分に何の非もなく、不幸にな目にあうのが悔しくて仕方がなかった。

    だから俺は父親を憎んだ。
    そしてタヒんだ母親すら憎んだ。
    なぜこんな身体に産んだのか。
    なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。

    手話では到底表しきれない想いを、暴力に変えて叫んだ。
    ときおり爆発する俺の気持ちを前に、父は抵抗せず、
    ただただ、涙を流し「すまない」と手話で言い続けていた。

    その時の俺は何もやる気がおきず、荒んだ生活をしていたと思う。





    223:おさかなくわえた名無しさん2007/07/21(土) 22:46:53 ID:9jrvBC4B
    お年頃なのか最近無口なうちの息子。(15歳)

    ある日のお昼過ぎに学校から電話があった。

    「息子さんが他のクラスの子とケンカしてケガをさせました。」
    と呼び出し電話が。
    こんな事は初めてだったので

    慌てて学校へ行きました。

    生活指導室へ通されると息子と2人の男の子が
    座っていました。(DくんSくんとします。)

    Dくんは右頬に見事な青あざ、
    Sくんはこめかみ辺りにガーゼ帯が貼ってありました。
    息子はぶすくれて黙ったまま。

    3人とも何も言わないので
    ケンカの原因が解らないと先生に言われました。

    すると2人の母親も来て一気に蒼然となりました。

    S母「まぁ!大丈夫?可哀相に!」
    D母「何てことを!お宅はどのような躾けをされてるんですか!?」

    私 「大変申し訳ありません。今後は無いようにいたしますので…」

    先生「あの、まだ一方的に決めつけないで下さい。
    理由がわからないので。」
    S母「理由も何もうちの子はケガしてるんですよ!悪いわけないでしょう!」
    D母「うちだってそうです!先生はいじめっこの味方なんですか?」

    先生「そういうことではありません。

    ただ息子くんは理由なしにこんな事はしません。」

    S母「先生じゃお話になりません!校長を連れてきて下さい!」
    D母「そうよ!校長呼びなさいよ!」





    406:おさかなくわえた名無しさん2012/04/22(日) 23:22:29 ID:SbpHy/Ur
    自分的修羅場。だいぶ昔のお話。
    小学校三年くらいから虐められてた。あまりお風呂にも入れなくて臭かったし、持ち物はボロッボロだったんでまあ標的になりやすい子だった。
    無視されたり悪口言われたり。
    それはまあ寂しかったけど耐えられた。
    がこれが仇になり、イジメがエスカレート。物を壊されたり隠されたり捨てられるようになった。
    これは私にとって生命に関わる問題だった。

    特に教科書は破られたりしても使ってはいたんだけど、ある時まるっとなくなった。
    必タヒでいじめっ子に縋って返してと伝えたが逆に「なにこいつキメェw急に必タヒになりやがったw」と逆効果。





    339 :鬼女日記2014/05/14(水) 12:16:17
    誰もいなそうだから勝手に書く。
    俺は再婚。嫁は初婚。

    俺の一回目の結婚は出来婚だった。
    二十歳そこそこの時に7つ年上の元同僚となんとなくで付き合ってるうちに出来ちゃってそのまま結婚。
    正直愛があったかと聞かれるとなかった。でも、子供をおろさせる気もなかったので責任とって結婚。
    元々ぷらぷらフリーターしてた身だったから、元嫁の親から同居を結婚の条件に出された。
    それから1、2年は穏やかに暮らしてたと思う。
    しばらくして、子供のためにとにかく金が欲しくて、でも所詮学歴も職歴もない俺は肉体労働するしか道がなかった。
    考えた末、近県の寮付き三交代の工場で二交代分働いた。
    昼と夜の仕事時間に働いて朝の時間帯に寝るって生活な。二人分だから底辺工場でも結構稼げたよ。
    寮費と工場に備え付けの食堂で食べる飯代以外は全部仕送りした。今考えるとよくやってたなと思う。
    そんな生活を一年続け、一年ぶりに家族に会いに家に帰った(帰省代をケチって帰ってなかった)。
    元嫁妊娠してた。





    524 :鬼女日記2016/01/09(土) 15:48:24ID:XuN
    一週間くらい前に何か旦那宛にDVDが届いてた。
    大人のビデオかな?って少し気になったけど、気が付かなかったふりして放置してた。
    そしたらおとといの夜中にリビングで物音がしたから、見てるな!ってびーんと来て、脅かしてやろうと思ってリビングに行くと、
    「家事に疲れた女性.ためのマッサージ」
    みたいな、肩こりとかのマッサージのための解説DVDでした…
    何だかすごく申し訳なかった…
    あと昨日マッサージはしてもらいましたが、すごく気持ちよかったです…





    112:名無しさん@お腹いっぱい。2011/12/07(水) 13:17:45.37
    托卵の娘を俺一人で育て、先日嫁に出した。

    そんなオヤジもいるんだから、事案は違うがお前も頑張れよ。





    832:名無しさん@お腹いっぱい。2011/05/17(火) 03:17:03


    ちょいスレチだが


    子供できたああああああああああああああああああああああああああああああああ!
    10年目w
    嫁も子も愛してる
    寝れねぇwwww
    すっげぇうれししよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!

    寝屁こいて寝てるけど愛してる
    俺がんばる!うん。がんばる!





    5:なご2014/02/02(日) 07:44:48ID:VdIjKpln0
    特急列車で帰省していて、いざ降りる駅に近づき、降りる支度をしようと
    棚に上げた荷物に手を伸ばすと、バイバイ、と子供の声が聞こえた。

    後ろの席にいた3歳くらいの女の子が手を振っていた。
    そこで俺もバイバイと言い手を振り返すと、その子は反応が返ってきたのが嬉しいのか
    笑顔を浮かべ、更にバイバイと言って手を振り返してきた。
    こうして駅に着くまで延々とバイバイの応酬を繰り広げることになったw

    こっちは荷物降ろしたり上着着る作業の手を止め手を振り返えしていたんで、
    当然ながら作業は止まる。

    それを済まなく思ったのか親御さんに謝られてしまったw





    922 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2017/03/25(土) 15:36:45.47ID:1vt8MRgl.net
    俺の修羅場書いてもいい?
    じゃ書く
    長いので小分け

    今となれば笑えるけど、当時はみんなそれぞれ悩んだ家族の修羅場

    産みの母は、俺を生んでタヒんだ。
    心臓周りの血管に元々持病があったらしい。だから、俺は産みの母を知らない。
    産みの母がタヒんで、俺を育てるのに必タヒだった親父をすぐに助けたのが、二つ下で父の幼なじみだった養母(以後母と)
    ちょうど、母にも子供(姉貴)がいて、丁度いいからと面倒を見てくれた。そっちの父とは離婚したそうだ。理由は知らん。教えてくれない。
    そこで色々あって、俺が3つの時に再婚、四人家族になった。まあ、父方の祖父母曰く、収まるところに収まったんじゃろ、とのこと。(別に産みの母を嫌っている訳では無い。むしろ褒めていた。)
    ところが、小4の時に、親父がタヒんだ。
    心臓だった。めちゃくちゃ朝早いはずの親父が朝起きて来なくて、そのまま冷たくなってた。
    俺も、姉貴も、タヒぬほど泣いた。

    両親の祖父母の手助けで生きていたが、中学2年の時に、母が再婚した。同じように嫁さんを病気で無くした、近くの大きな鉄工所のオーナーだった。親父と、そんなに年変わんないんだ。
    そこにも、弟と妹がいた。というか、姉貴→妹繋がりで知り合って、再婚、となった。

    ここでまず、俺の脳内修羅場発生。
    「血が繋がった人がいなくなった。」

    この修羅場が表に出たのが、俺の大学受験のとき。
    父の意向で高校、大学、院までぶっ続けで行ける技術系の学園にいたんだけど、ある日父に
    「お前、大学どうする?受験?エスカレーター?」
    って言われて
    「受験はしません。エスカレーターもしません。就職して、家を出ます。これ以上、迷惑はかけられません。俺は、あなた方と血が繋がってないんです」
    って返した。返してしまった。
    自分でも、やっちまったな、とは思ったわ。でも、しょうがないじゃん。技術系の大学の学費、私立たけーんだって。年間、基本で150行くんだぞ。追加で色々発生するし。で、弟妹もいるしな。
    無論、タヒんだ父母の保険金や、既に亡くなってる父方祖母の保険金やらで俺ひとりでも賄えない事は無い。盛大にお釣りが来る。でも、多分、親父はそれを使うことを許さない、そういう人だ。分かってたから、そう言った。家を出ますってね。ぶった斬るならここしかない、って。





    545 :鬼女日記2016/05/14(土) 13:51:11ID:FKK
    まだ結婚して間もない頃。

    毎年夏と年末年始に主人の実家に帰るのですが、(高速使って三時間の距離)ある年の年末、いつものように恒例のすき焼きを食べながら、お酒も入り、楽しくやっていました。

    私は普段家ではお酒はのみませんが、居酒屋とか飲み会等になると、普通に飲んでいたのですが、子供が産まれ、退職すると、そんな機会は減っていました。

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